※二人とも先天性女の子 ※吹雪→ゆき 風丸→いつき
好きな陸上ができないとか、意味もなくイライラするとか、絞られるような腹痛に耐えなきゃならないとか、多分理由はたくさんあるんだと思う。それはきっと私の中にいつもあって、この憂鬱さを解読するには一番手っ取り早く身近な答えなんだろう。 無意味な苛立ちと僅かな眠気が、頭を支配しようとわめいているようだ。 きっと、だからなんだ。こんな風に変に考え込んでしまうのは。
ぼんやりと4限の白昼に散らばる人影を体操座りで見つめながら、思考の海に足をつける。考えていれば、下腹部の痛みも和らいでくれるだろう、多分。 軽い貧血で木の影に座らせられた私の視界は、初夏の眩しい光を取り込む。意味の分からない悔しさに、抱えた膝を一層きつく抱きしめた。その時だった。
「ひぇ…っ!?」
頬に冷たい何かが押し当てられる感覚に、私は体勢を崩した。驚きが冷たさを上回り、高くて変な声が喉から漏れる。恥ずかしさに、冷たいはずの顔が沸騰しそうだ。 冷たさを帯びた右頬に手を当てながら振り仰げば、そこには同じように体操服を着た色白のクラスメイトが、缶ジュース片手に立っていた。
「驚かせちゃった?」 「驚いたも何も、最初から驚かせるつもりでやったんでしょ」 「ふふ、ごめんね。悪気はないんだ」
ふにゃ、とマシュマロみたいな笑顔で私に缶ジュースを手渡した彼女は、同じクラスの女の子。…いや、彼女とはそんなに脆弱な関係な訳ではない。 ただちょっと他の子よりも一緒にいる時間が多くて、お昼を共にしたり、ノートを貸したり、移動教室の時に一緒に行ったり、下の名前で呼び合ったりする、そんな子。
「授業、良いの?」 「ん?ほら、わたし保健委員でしょ?先生に『風丸さんについてて良いですか?』って言ったら良いよって」 「ふうん…」 「…もしかして怒ってる?さっき悪戯したこと気に障ったかな?」 「ううん、違うの。違くて…」
眉尻を下げて不安そうに隣に腰を下ろす彼女に、私は存外冷たい反応をしてしまっていたらしい。冷えた缶を受け取り、先生に見つからないように、折った膝と腹の間に隠した。
「ゆきが悪いんじゃないよ。…今、生理中だからイライラしててさ。ごめんね」 「あぁ…そっか、だから貧血なんだ」 「軽いのに大袈裟だよね」
納得したように大きな目を瞬かせるゆきに、苦笑いでそう返した。ゆきのくれたジュースの缶は、鈍痛を生む私の腹部を徐々に冷やしていく。その冷気に収縮するように、痛みを訴える子宮を見て見ぬふりをしながら俯いた。冷気にあてられたように、マイナスな思考が頭を埋めていく。
体操服の白が嫌に眩しい。ゆきの肌も体操服と同じくらい白かった。私とは、きっと何もかも違う。日に焼けた私の肌はゆきより黒く、部活で筋肉が付いた脚はゆきみたいに女の子らしくない。私はゆきみたいに可愛らしく微笑む事はきっとできないし、胸だって一向に大きくならない。私はきっと、彼女とは大きく違う。でも同じ女の子なのが、私にとって尚一層苦しい。
「…私、男の子に生まれたかったな」 「わたしも生理の時はよく思うよ」 「ゆきは、女の子のままが良いよ」 「?そうかな」 「うん。ゆき、可愛いし」
しけた声色で拗ねたように呟くと、隣の彼女はくすくすと笑った。この笑顔に一体どれほどの男が眩暈を起こすことか。 ゆきはその鈴を転がすような愛らしい声を紡ぐ。まるで歌を歌うように。
「いつきちゃんは、可愛いね」
ああ、だから私は男になりたいんだ。 こんな風に笑う彼女を、当たり前のように好きになれるのだから。 そう思うごとに、腹部のチリリとした痛みは鋭利さを増していく。その痛みが今少しだけ、余計に重くて切ない。
::110319
Thanks:cherry
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