小説―稲妻 | ナノ

――手紙を書こうと思ったんです。



風丸さんたちが雷門を卒業してから、半年程経ちました。かつて風丸さんのいた陸上部もサッカー部も、変わらないまま精一杯活動をしています。
一年生だった時には考えていませんでした。今では僕が陸上部のエースなんて呼ばれていて、何だか少しくすぐったいですが、あの時の風丸さんと同じ位置にいられる事が僕にとって誇りのようなものなんです。



頭の中でそんな事を考えてすぐさま掻き消しました。今更だし、何だか少し恥ずかしいです。
今日は最後の大会。風丸さんに憧れて続けてきた陸上ですが、今はそれだけじゃない、僕自身にとって欠けがえのない大切なものになりました。

スタートラインに並んだ時の空気。ダッシュの瞬間にわっと湧く会場の声援。風を切る感覚。ただ一つのゴールを目指して駆けるあの高揚感。全部が全部大好きなんです。


もう随分前になってしまいました。風丸さんがこの陸上のグラウンドを駆けていた姿を見るのも、二年前に叶わなくなってしまいました。

写真から切り取ったような綺麗なフォームが好きでした。走る度に揺れる長い髪に憧れて、一年生だった僕は髪を伸ばすことを決めました。いつか長くなったら、風丸さんのように頭の高い位置で結って、グラウンドを駆けてみたい。そう思って伸ばした髪は、風丸さんが陸上から離れてサッカーを始めても、雷門を去っても、何となく切れないまま僕の頭の高い所で結ばれています。
でも、最後の大会で優勝できた時、ようやくこの長く胸にもたれてきた思いに踏ん切りがつくような気がするんです。その時に初めて、髪を切れると思います。



多分、これからもずっと風丸さんは僕の憧れの人です。僕が陸上をやめても、風丸さんがサッカーから離れても、ずっと大人になっても、きっとそうです。
僕は風丸さんの事が好きです。世界で一番、大好きです。



100メートルに出場する選手を呼ぶアナウンスが響きました。一度深呼吸をして、軽くジャンプをすれば、気持ちが新鮮な空気を取り込んで引き締まったような感覚を覚えました。風丸さんが教えてくれた、緊張を解く方法です。
目をちゃんと開いて真っすぐ前を見れば、光が会場を照らしているのが目に痛いほど分かりました。今から僕は、あなたのいない場所に足を踏み出していきます。

『全力で行ってこい』

いつかのように、そう背中を押してくれている気がしたから。



手紙を書こうと思ったんです。
新しい始まりを、ちゃんと受け入れられるように。




(いとしきみへ)






Crystal Letterを聴いてたら思い浮かんだので