小説―稲妻 | ナノ


やることもなく暇な日曜日。
一人でサッカーをする気にもなれず、ここ最近でぐっと低くなった気温に身を縮こまらせながら気の赴くままにコンビニへと足を伸ばした。

ハロウィンフェアだか知らないが、案の定浮き立つ世間の例に漏れず、俺が足を運んだコンビニもハロウィンをイメージした装飾で溢れ返っていた。
ポップなカボチャやお化けの飾りに見つめられながら、俺は何となく期間限定らしいチョコレートを手に取る。
女子どもが好きそうな期間限定モノだ、俺だって甘い物は決して嫌いな訳ではないが、限定品にそそのかされる程好きな訳でもない。でも、何となく今はこのハロウィンの雰囲気に釣られてもいいか、なんて事さえ思い浮かぶ。きっと世間の騒々しい雰囲気に当てられたんだ。そう頭の中で自分に同情しながらレジの前に立った。

コンビニから出た後、かじかむ両手を息で温めながら玄関の扉を開けた。
「ただい…」

瞬間、衝撃。

「「トリックオアトリーーット!!」」

両脇に鮮やかな赤と青銀の物体が一瞬見えたかと思うと、いきなり目の前が真っ暗になった。
頭が状況に追いつかない。床にボトリと何かが落ちる重い音と顔面を覆うベチャッとした物体が、次第に俺の思考回路を明瞭にしていく。わなわなと手で顔面に張り付く物に触れると、紛れも無い、まさにそれはクリームだった。

「うわあ晴矢漫画みたい!鮮やかすぎるー!」
「まるでコントだな」
「まさかこんなに完璧に引っ掛かってくれるなんて俺びっくりだよ」
「フッ…私の算段に狂いは無い」
「晴矢、」

「「ハッピーハロウィーン!!」」

またお前らか!

何かにつけて良くない悪巧みを張り巡らせ、それを完璧に実行する幼なじみ。今回もまんまと引っ掛かってしまったようだ。普段別々に暮らしてるくせに、俺が家を空けた隙に合い鍵を使いでもしたんだろう。全くもって妙に頭の回る奴らだ。
俺は顔面に張り付いたパイを剥がし、目の前でけらけらと笑う二人に叫んだ。

「ふっ…ざけんなよテメェらああああ!!」
「ちょっ…晴矢その顔で叫ばないで…っ!ふは、ぉ、お腹よじれる…!」
「…クッ…」
「わかりやすい反応すんなヒロト!風介も笑い堪えてんじゃねえモロバレだぞ!」

ヒーヒーと床に這いつくばって笑い転げるヒロトと俯いて笑いを我慢する風介に、俺は怒りと羞恥で身体中が熱くなる。どうやらこいつらはハロウィンの風習に乗っかって俺に悪戯を仕掛けたらしい。俺にお菓子か悪戯かの選択の余地はないってか。ポケットの中の意味を成さなかったチョコが哀れだ。

「くそっ…あーもうどうすんだよこれ」
「とりあえず顔洗ってきなよ」
「誰のせいだ誰の」
目尻の涙を指で拭いながらヒロトは俺にそう促す。床の片付けはやっておくからさ、という言葉がせめてもの優しさのつもりだろうが、生憎俺がそこまでやらされる理由はないから当たり前だ。


顔を洗い終えてリビングに戻ると、ソファに鎮座する二人がいた。だが目が行ったのはテーブルの上に広がるものだ。
「これは…」
「砂木沼が作ってくれたんだよ」
「こっちは緑川たちからだ」
テーブルに広がる様々な形のクッキーやマドレーヌ。丁寧なラッピングだったであろう布は絨毯となり、店で売られているかのように艶々と光るそれを飾っている。

「晴矢のとこに行くんだって言ったら持って行ってやれって。砂木沼の料理美味しいから期待していいよ」
「ネオジャパンのメンバーと作ったから、と」
「さっきはびっくりさせちゃったみたいだし、お詫びって事でハロウィンのプレゼント」
「しかしあのチームは平和だな」
話を聞くだけでその光景が目に浮かぶようだ。緑川は瞳子姉さんの計らいもあったのだろうか、どちらにせよ砂木沼のエプロン姿(割烹着姿かもしれないが)は一度この目に納めておきたい気もする。

カボチャの形をしたクッキーをかじると、ふんわりと柔らかい甘さが口の中で溶けた。確かにすごく美味い。マドレーヌも甘さが優しく絶妙なものだった。あいつらにしては中々に良い仕事をしてくれる。
…だが。

「ところでよぉ、お前らからは何ももらってねえよなあ」
「えっ…あ、ほら、パイがあるじゃないか」
「あれは完全に悪戯の方だったな。第一お前ら笑いまくってたじゃねえか」
「相変わらず心の狭い男だな」
「てめぇには言われたくねえ」

ジリジリと二人を壁に追い詰める。さっきとは真逆の余裕のない表情が実に愉快だ。二人の背中が壁にぶつかった瞬間、俺は高らかに叫んだ。


「トリックオアトリック!!」




Trick and Trick



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