小説―稲妻 | ナノ

鬼道さんと照美と明王がショタで兄弟で総帥がお父さんな話

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「今日は総帥が一日仕事で家にいらっしゃらないのは知っているな」
リビングでソファに寝そべり、テレビを凝視していた照美と明王に有人は言い放った。背後から聞こえた声に、片やポカンと、片や怠そうに振り返る。
「そうだけど何?」
「見てる途中で話しかけんなよ」
「…本当にお前たちは分かりやすいな」

テレビから流れる緊迫感のこもった声やけたたましいサイレンの音が、有人の言葉を掻き消しそうだ。今の今まで二人が見ていた逃走車を追いかける警察の実録番組は、丁度佳境に入っていた。有人が照美からリモコンを奪い、一時停止のボタンを押す。録画された物であるそれは一瞬で静かになったが、ソファに座る二人からのブーイングの声は逆にうるさくなった。

「返してくれないと怒るよ」
「録画してあるならいつでも見られるだろう。だが今日は一度しかないんだ」
「だから何なんだよ?」
不機嫌丸出しの明王と照美に、有人は腕組みしながら言った。

「総帥にケーキを作る」



有人の考えは至極明瞭なものだった。
普段仕事が立て込んでいて中々休息が取れない父のために、日頃の感謝を込めてプレゼントを贈ろうということだ。二人はその考えに、有人が見たこともないような物凄く面倒臭そうな表情をしたが、「残ったものはお前たちで食べて良い」との兄の許しに意外なほどあっさりと許諾を出した。所詮二人も子供である。

「で、何をすりゃいいんだよ」
「買い出しは済ませてある。まずはスポンジを焼くぞ」
「作り方分かるのかい?」
「以前フィディオに教わった」
「彼も多才だよね…」
イタリアの親戚筋であるフィディオとデモーニオの兄弟とも親交が深い有人は、事前にフィディオに作り方を教えてもらっているらしい。

有人に言われるがまま、照美はオーブンにスポンジを入れる。近所のスーパーに売っていたらしい、クリームを塗るだけの簡単なスポンジだ。ただ、キッチンにほとんど入らない下の兄弟二人は用具の位置すらあやふやである。明王に至っては身長が足りずに舌打ちをする始末だ。幸先不安な有人は、泡立て器の行方を探し始めた。間違っても高い位置にあるものを二人に取らせる訳にはいかない。頭上に何が降ってくるかを考えただけで背筋がぞっとする。

「スポンジを焼いている間に、クリームを作る」
「どう見たって牛乳じゃないか。こんな物がクリームになるなんて神様もびっくりするよ」
「…俺もそう思うが仕方ない、フィディオを信じよう。コンセントの準備は良いか?」
「はいはい〜っと。いつでも行けるぜぇ」
「腕が続く限りの交代制だ。…行くぞ!」
「「「デスゾーン!!」」」

ピッ、とボタンを押せば、物凄い勢いで泡立て器が回転し始める。回転するものを見るとついそう口走ってしまうのは、父が三人を遊園地でコーヒーカップに乗せ、回転している途中でいつも「デスゾーンの完成だ!」と外から言っていたのを耳が覚えているからだ。あの時ほど父が生き生きしている時はない。
我が我がと三人で回すので降りた瞬間の気持ち悪さは異常だが、以来回転には全力な兄弟である。泡立て器も本領発揮とばかりに狂ったようにボウルを駆けずり回る。底に触れた瞬間のギャリギャリという音に驚きつつも、ものの数分で角ができるほどの固さになった。

「スポンジも焼けたみたいだぜ」
「よし、順調だな。ではクリームとスポンジのドッキングに入る。まずスポンジを切るぞ」
「「了解」」

その後も無駄にデータ的な有人の指示と三人の手際の良さで、ケーキ作りは順調に進んだかのように見えた。
だがやはり、飾り付けの場面で我が強い照美と明王の衝突があり、真っ白なクリームの上には苺やらチョコプレートやらが悲惨な光景を彩っている。形になったといえばそうなのだが、有人は当初とのイメージの食い違いに僅かに眉間にしわを寄せた。
やがて片付けも済んだ頃、玄関が開く音がした。

「総帥、お帰りなさい」
「…どうした、何か隠し事でもあるのか?」
有人の挙動に普段と違う違和感を覚えたのか、影山は探りを入れる。だがそれはダイニングに着いた時に自ずと分かった。
「これは…」
「日頃の感謝を込めて三人で作りました。宜しかったら、総帥にと」
「中々に見事だと思いませんか?」
「俺の分もちゃんと残せよな」

三者三様の態度を前に、狐に摘まれたように立ち尽くしたまま動けなかったが、何より目が行くのはケーキである。見た目の悲惨さは三人が一生懸命作った事が伺えるが、自分が食べるとなると実に恐怖を感じさせる一品だ。
照美に強制的に座らせられ、明王が珍しく自分からフォークを差し出し、有人が「どうぞ」と言えばもう逆らえないのは父の性分であろう。

(総『師』になっている……)
チョコプレートの誤字まで発見してしまったが目を瞑れば味は一緒だと念じ、サングラスに初めてこの上ない感謝をしながら、一口を運んだ。

「あ、クリームに砂糖入れるの忘れてたね」
「…俺いらね」
照美の発言に有人があたふたするが、それを影山が制し、気合いで飲み込む。砂糖無しのケーキは味気無く物足りない代物だったが、三人のいつになく素直な態度には勝てなかった。
「総帥、いつもありがとうございます」

だが精一杯の労いに、歪なケーキが何故か砂糖のように甘く優しい味に感じられたのだった。



Anniversary of K's!


Thanks:maria