小説―稲妻 | ナノ

「マークは、美味しそうだよね」
後ろからマークの首に腕を回してホールドするロココは、キーパーなだけあって見た目以上に力が強いらしい。がっちりと、まるで万力で締め付けたようにマークを離さないロココは、腕の力に驚愕するマークを尻目にぽつりと呟いた。

「僕、美味しいもの好き。みんな僕に色んな物くれるんだよ。そんなだから、僕最近舌が肥えてるなって思うんだ。だから分かる。マークはきっとすごく美味しいよ」
「何の、冗談だ…?」

平淡な声で話すロココの声を間近で聞きながら、マークはその内容を上手く飲み込めずに舌が空回る。
こんな状況ではありふれた常套句しか言えない自分に内心で腹を立てながら、何とかこの状況から抜け出そうと努めて優しい声色で話しかけた。だが、唇が零した声はまるで水面に波紋が広がるように、弱々しく揺らめいて呆気なく空気の中に溶けて消えてしまった。

「マークは僕が冗談言ってると思うんだ」
「じゃあ…何を根拠に…っ」
「マモルはね」
焦りから答えを急ぐマークの声に重なるようにして発せられたロココの言葉は、唐突に円堂の名前を呼んだ。その声は芯を持っているように鋭い。

「マモルは、ココアみたいな髪をしてる。フィディオはチョコレート色。二人が並ぶと、甘くて目が溶けそうになるんだ」
「え?」
「テレスは僕にステーキ奢ってくれるし、ロニージョはいつもコーヒーのいい匂いがする。ぎゅってするとね、全身がコーヒーの海に浸ってるみたいなんだ。それにね、テレスは違うって言うけど、二人とも凄く優しいんだよ」
「……」
「エトガーの髪は…色はまずそうだけど、長い髪が揺れた時とか、バニラみたいな甘くて柔らかくて、凄く美味しそうな匂いがするんだよ。だからどんな味がするのかなって思ってね」
「食べたのか!?」
「…蹴られたけど」
「…何て奴だ…」

まさかロココが各国のキャプテンたちにそんな目線を向けていたなんて、とマークは重い溜め息をつく。
ロココが彼らに向けているのは、ただ純粋な食欲なのだ。友達でありライバルでもある間柄なのに、赤子のように動物的な食欲を彼らの影に重ねては、ひたすらその旺盛すぎる食欲を持て余している。

「マークは、蜂蜜色の綺麗な髪だよね」

ぞっとした。

「ロココやめろ!離せ!」
「えー何で」
「腹が減ってるなら何か持ってきてやるから!」
「え、ほんと?」

マークが叫ぶようにして必死に発した言葉に、ロココはぱっと表情を明るくして腕を離す。やったあ、などとロココが無邪気に笑うが、当のマークは未だに一種の未知の恐怖から抜け出せずにいた。

例えるなら、まるで獲物を狩る獰猛な獣の目だった。すっ、と細められた深い色の瞳の光を、しばらく忘れられそうにない。
早鐘を打つ心臓を服の上から握りしめながら、マークは肺に溜まった重い息を吐き出したのだった。