小説―稲妻 | ナノ


斎場は雨による湿気が立ち込めていた。それは独特の香り(お香の香りかと思う)と相まって俺の気分を更にガタ落ちさせる。雰囲気も湿っぽくてカビ臭い。誰も彼も口をきこうとはせず、ただ虚空を見つめては思い詰めたような表情を浮かべて鼻をすするだけだ。祭壇に掲げられた白い菊だけが生き生きとしていた。黒いリボンに囲まれた遺影の中では、まるでそれだけを切り取ったかのような顔を浮かべる当の本人の写真が、場違いな笑顔で佇んでいた。
秋雨と空気が身体を冷やす感覚に、俺は小さな溜め息をついた。


源田が死んだと聞かされたのは二日前のことだ。

死因や状況はさっぱり頭に入らなかった。部活の連絡網で寺門に伝えたのは間違いないはずなのだが、その後ぼーっと残りの時間を過ごしていたら、現実味だけがポロリとこぼれ落ちてしまったようだ。もちろん今この場で誰かに問おうものなら、俺は空気を読めない真性の馬鹿に成り下がるので聞けるわけがない。
とは思いつつも、死因を聞くことで事実が変わるわけもなく、聞けたとしても俺の暗鬱とした気分が一掃されるわけでもないので、さっきまでと同じようにただ黙っている事しかできなかったのだが。


同じ部活のメンバーとして、帝国サッカー部レギュラーの俺達が部活代表で葬儀に参列することになった。そう伝えられたのは、源田の死が言い渡されたのと同じ時だった。
電話の向こうでは、鬼道さんが淡々と日にちと場所、その他の旨を話していた。俺はそれに時々相槌をうち、鬼道さんの声に追い付こうとただペンを走らせる。殴り書きの紙面には、自分でもギリギリ読めるような汚い字の羅列。一行目には、無意識に書いたであろう「源田の葬式 場所」の文字が綴られていた。それが、チームメイトの死を簡単に受け入れてしまっているかのようで、無性に腹が立った。

全てを話し終えた後、電話線の向こうで鬼道さんが一言、「…大丈夫か、」と呟いた。その意図が汲み取れなくて、上擦った声で「…え、何がですか」と返したら、鬼道さんはもうそれ以上何も追究しようとしてこなかった。
電話を切った後、その殴り書きのミミズが這ったような字の一行目、「源田」の部分だけをボールペンでガリガリと何度も乱暴に塗り潰した。
こんなことをしても、まだ源田が死んだ事実が輪郭を帯びていなかったのが、自分でも信じられなかった。