小説―稲妻 | ナノ

「みんなただいまー!友達連れてきたよー!」

イタリア街のグラウンドで自主練をしていたオルフェウスの面々は、マルコの高らかな声に門を振り返った。練習が終わった後に忽然と姿を消したマルコを、いつものことだと特に心配していなかったメンバー達は、その発言と隣にいる人物に一様に目を丸くした。

「いやーイギリス街は遠いな。でも橋とか町並みとかすっごい綺麗だったんだぜ」
「ちょっと待てマルコ、お前の隣にいる奴ってまさか」
「お久しぶりです、オルフェウスの皆さん。ナイツオブクィーンのフィリップ・オーウェンといいます」
「やっぱりそうだったか…」

ついこの前予選リーグで対戦したイギリスチームのメンバーとは、未だ少しだけ気まずくなってしまう。母国の誇りを胸に戦い、敗れていったその姿に騎士の幻影を見たものだが、会うのがほんの少しはばかられる、とジャンルカは思った。

「試合が終わった後話したら意気投合してさ。フィリップ、イギリス料理の修業してるんだって。俺イタリアンなら得意だけど何か力になれるかって聞いたら、宜しくお願いしますって!」
「本当にありがたいです」
「それは良いけど、何でイタリア街の宿舎に?」
「当たり前じゃん!そんなの、」
ジャンルカの問いに、マルコはフィリップの肩を抱きながら楽しそうに言った。

「ここで調理するからさ!」





「フィリップ、お前は良いのか?イギリス料理を学びたいのにイタリアンなんて」
「構いません。食文化の違いなど瑣末な問題、ようはテクニックの面を参考にさせて頂きたいのです。あとはまあ、応用と実践あるのみですね」

宿舎の厨房にエプロンをして入っていくマルコを見送った後、後に続こうとしたフィリップを捕まえてブラージが声を掛ける。振り向いたフィリップの目は挑戦者のそれで、瞳の力に終始頷く事しか出来なかった。その光景を背にエプロンの紐を縛り、フィリップは厨房に向かう。
「それに、マルコさんはとても親切な方ですし」
「まあ…確かにそうだが」
「何とかなりますよ。厨房お借りしますね」

そう言って微笑んだフィリップに、その場にいたメンバー皆は何も言う事が出来なかった。


「テクニック参考にするの?んー…じゃあ俺の得意分野の方がいいかなあ」
「得意分野というと?」
「ん?パスタパスタ!本当は生地から作りたいんだけど時間ないし、短時間でできるやつにしよう」

オルフェウスメンバーが不安げな視線で二人を見守る中、マルコは至っていつもの調子で戸棚からパスタを取り出した。イギリス料理はグルメな人々からしたらお世辞にも美味いと言えるものではないらしく、オルフェウスの面々も例外ではなかった。試合前の親善パーティでそれを身をもって知った。彼らの舌にイギリス料理は合わないと。
いくらフィリップが料理の修業を積んでいようと、一抹の不安は拭い切れないものらしい。マルコは料理上手だが、パーティのテーブルに並んだ料理を美味いと言った唯一の人物である。この二人が作るパスタはどんなものになるのかが、チームメンバーたちの不安の種なのだ。

「よし!今日は暑いし、トマトの冷製パスタに決めた!フェデリーニ使うから時間も短く済むし、フィリップはそれで良い?」
「問題ありません」
「じゃあさっそく準備準備ー!」
「…あの、マルコさん」
鍋を取りに行くマルコを、フィリップが控え目に引き止めた。マルコが「何?」と振り返れば、おずおずと伸ばした手を引っ込めて伏し目がちにフィリップは呟く。

「マルコさんは料理上手なのに、俺のような…マルコさんからしたら初心者に時間を割いて、本当に宜しかったのですか?」

フィリップの口から出た言葉に、厨房の外のメンバーが固まる。ばつが悪そうな表情で立ちすくむフィリップに、マルコは少しだけ唇を結んだ。やがていつもより僅かに大人びた笑顔で諭すように言う。

「あのさ、フィリップ。料理って理屈じゃないんだ。作った人の気持ちが表れる。そんな顔して料理してちゃ、いくら美味くできても悲しい味になっちゃうだろ?」
「ですが…」
「俺、フィリップの料理好きだなぁ。優しくってさ、あったかくなれるんだ。パーティの時にあったローストビーフ、あれフィリップが作ったんだろ?」
「!」
マルコが言った一言に、フィリップを含めたその場の全員が驚愕した。驚きで口を魚のように開閉してどもるフィリップに、マルコは構わず笑顔で続ける。

「もっと自信持って良いと思うぜ?俺、フィリップが納得いくまで精一杯サポートするからさ」
「マルコさん…」
「てなわけでフィリップ、トマト切っておいて。早くしないと自主練終わった我らが得点王様が帰ってきちゃうから」

パスタパスター、と適当な節をつけて歌うマルコの背に、フィリップは渡されたトマトと包丁を持ったまま立ち尽くし、やがて柔らかな笑みを浮かべた。

「…あなたの料理は、きっと明るい味がしますね」

―――
超次元コンビ。マルコはパスタ以外は全然できなくても可愛い