小説―稲妻 | ナノ

※もし二人の出会いが普通なものだったら
※色々と捏造

―――

この状況を上手く切り抜けられる奴がいたら、ぜひとも教えて欲しい。どうすれば良いんだ、これ。

半分自分のせいでもあるんだけれど、固まったように動かない目の前の奴がくせ者すぎる。いつもならボールを持ってサッカーやろうぜと誘えるのに、砂浜でタイヤを使った特訓をしていた俺は、残念なことにボールを持っていない。
向かい合ったまま黙って穴が空くほど目を見つめられては、どうにもこうにも動けない。更に言葉も通じず、挙げ句の果てには何もせずに視線を向けてくるだけという状況に、首筋から冷や汗が一筋伝ったのが分かった。

この島に来てから会ったみんなとは、一様に会話が成り立ったから忘れていた。ここは海外、そして世界各国から様々な選手たちが集まっているという事を。


そもそもなぜこんな状況になっているかと言えば、俺はここでタイヤに向かって練習をしていた。多少の疲れに額を拭って視線を反らせば、その視線の先には、こちらを見つめるその姿があったのだ。
ユニフォームは着ていなかったが、この島にいる同い年くらいの奴といえばFFI出場選手に間違いない。純粋に話してみたくて「君どこのチームなんだ?」と話し掛けた。
しかし、こちらに歩み寄ってきた彼は何か喋るどころか、何を言っているのか分からない、というように首を傾げたのだった。

「えっ…と、俺の顔に何かついてるか?」
「……」
「って、通じる訳ないよな…」

白いTシャツを着て紺色の髪を持った目の前の人物に会話を持ち掛けるが、当然通じるはずもない。肩を落として落胆したように俯くと、その人物は多少驚いたような表情をして、項垂れる俺の顔を心配そうに覗き込んできた。その仕種に、やはり全く通じない訳じゃない、という事を確認して少し気分が晴れる。
不安げな二つの瞳に、「ごめん、大丈夫だから」と笑い返せば、言葉は通じずともその意図は汲み取ってくれたらしい。不安そうな目元が少し緩んだ。

すると安心したようなそいつは、おもむろにタイヤの方に足を進め、さっきまで俺が受け止めていた大きなタイヤに触れた。

「なあ、君サッカーやってるのか?」
「!」
サッカーという単語に反応して振り向いたそいつに確信を持つ。やっぱり選手だったんだ。このチャンスを逃す訳にはいかないと心が告げる。まず、自分から歩み寄らなければ。

「俺、円堂守。イナズマジャパンの、ゴールキーパー。お前は?」
一語一語はっきりと自分を指差しながら言う。しっかり目を合わせて言えば、目の前の人物は大きな目をぱちくりとさせた。
「エン…?」
「えっと、じゃあ守!守だ!」
もう一押しだと言わんばかりに自分の名前を言えば、ぱくぱくと口が動き、たどたどしく唇が動いた。

「マ、モル」
「そう!守!」
「マモル、」
「うん、そう!」
初めて会話らしい会話ができた事が嬉しくて、何度も頷いた。そして今度は目の前で笑う奴の番、と手を差し出して「お前は?」と首を傾ければ、自分を指差して小首を傾げたので俺は大きく頷いた。
通じ合えてる、という気持ちで胸が一杯になれば、そいつは目の前で自分の胸に手を当てながら、流暢な発音で言葉を口にした。

「ロココ」

それは、ようやく知る事ができた名前。目の前の不思議な奴はロココというらしい。ロココか、と言葉を噛み締めれば、こくりと頷く。
名前を知ることが出来たら早い。俺は砂浜に転がっていた木の枝を手に取り、白い砂の上に言いたい事を絵で描いていく。
宿泊所からボールを持ってここにまた来るから、という事を描いたつもりだけれど、果たして通じているだろうか。俺の描いた下手くそな絵を膝を抱えてしげしげと見つめるロココに、恐る恐る「…お、OK?」と聞くと、にこりと笑って頷いてくれた。

「よし、じゃあ待っててくれな、ロココ!」
「マモル!」
「ん、何だ?」
走り出した瞬間に呼び止められ、振り返る。数メートル離れた先で、ロココが立ち上がった状態で言った。

「ロココ・ウルパ。チーム、『リトルギガント』!」

高らかに言われた言葉が俺の耳を突き抜ける。チーム『リトルギガント』。それがロココのチームなんだろう。教えてくれたんだ。俺が同じように言ったから。
それが嬉しくて堪らなくて、気付いたらロココの手を引いて一緒に駆け出していた。最初は驚いていた本人も、走っている姿を見れば、その顔は確かに笑っていた。


その後、二人して宿泊所についた時にチームメイトたちに驚かれたのは、言うまでもない。そこで初めて知った。ロココがリトルギガントのキャプテンであり、鉄壁のGKだった事を。
両肩を掴んで「そうだったのか!?」と焦りながら聞くと、ロココは相変わらず小首を傾げるだけだった。