小説―稲妻 | ナノ

バーンが風邪をひいた。

俗に夏風邪と呼ばれるそれは、バーンの頭をがんがんと打ち鳴らし、喉を枯らして、もともと高い平熱を更に引き上げた。カラカラになった喉の奥からはまともな声は出ない。悪態をつく事すら許されない状態にバーンは内心で舌打ちをした。

普段から滅多に病気などしないバーンにとって、ここまで重症になることは初めてのことだった。知らないもの程恐ろしいものはない。少しだけ心細いのを拭い去ろうと、汗の浮かんだ額を手で擦ったとき、部屋の外からこちらに向かってくる足音が聞こえた。
熱のせいでぶれる焦点がやっとの事で捉えたのは、盆を持って部屋に入ってきた幼なじみでありチームメイトの姿だった。

「水とお粥持ってきたよ。調子は…良くなさそう、だな」
「…ヒート…」
「今熱さまシート買い出し中だから、しばらくはタオルで我慢して。起きられる?」
「なんとか…」
熱のせいか呂律が回っていないバーンの額に、ヒートは水で冷えたタオルを乗せる。直後に短い電子音が鳴り、バーンはそれをろくに見もしないでヒートに手渡した。渡された体温計に映った数字を見て、ヒートが少しだけ眉尻を下げる。

「8度8分…。これだけ熱があれば舌も回らなくなる訳だ」
「うわあ…妙にリアルな数字出やがった…」
「まあ熱出した方が治りは早くなるから。ゆっくり休んで栄養とれば、明日には熱なんて下がっちゃうよ」
そう言って笑ってみせたヒートが、何故だかサッカーをしている時よりも『らしさ』があることに、バーンは上体を起こしながら苦笑いした。

バーンが体調不良だという事を、プロミネンスのメンバー以外に知るものはいない。そしてバーンを心配したメンバーが一気に部屋に押し寄せないように、代表としてヒートが彼の世話を申し出たのだ。
手際の良いヒートに、慣れてるな、と枯れた声で呟けば、ヒートは「昔バーンもよくやってくれたじゃないか」とにっこり笑った。

「お前、ほんっとによく出来た奴なのな…」
「え?何が?」
「バーン!!」
「バーン様!!」
「っ!?」
いきなり開いた扉の音と、それに重なる二人分の声にバーンは目を見開いた。突然の訪問者は、オレンジ色の髪の少女とバンダナをつけた暗い瞳の少年で、二人とも両手にビニール袋を抱えている。何やら焦ったような様子で勢いよく扉を開けた直後、ためらうように立ち止まり、やがてベッドに歩み寄った。

「これ、熱さまシートとか、薬とか入ってるから…ゼリーとかも、食べやすい物、少しだけど…」
「ポカリとビタミンウォーターです。あと雑誌ですけど…どんなものがお好きか分からなかったので、別のものが良いなら買い直してきます」

オレンジの髪の少女レアンと、バンダナの少年ネッパーは歯切れ悪く話し、腕の中の大量に物が入った袋をテーブルに置いた。二人の表情はいつもより曇っており、口調も普段の二人と似つかわしくないものだ。バーンがそんな彼らを不思議に思い、二人の顔を交互に見る。するとタオルを絞っていたヒートがやんわりと微笑んで呟いた。

「二人共びっくりしたんだよ、バーンがあんまり辛そうだったから。さっき買い出ししてきてって頼んだら、二人共目の色変えて飛び出して行ったんだ。だけどいざ来てみたら予想以上に重症だったから、分かってても驚いたんじゃないか?」

ヒートの言葉にバーンは目を丸くし、レアンとネッパーは猛烈に顔を赤らめながら「ヒートオオォォオ!!」と叫び抗議しだした。

「…お前ら、それマジか?」
「ちっ…違うわよ!馬鹿でも風邪ひくのが珍しかったから見に来ただけ!」
「バーン様なら大丈夫だと信じてましたけど、こいつがコケないか危なっかしいから見張りにきたんです!」
「もう何でもいいっつーの、…ありがとな、お前たち」

吠える二人の頭に、バーンの普段より熱い掌が乗った。その手に二人は何も言えなくなる。レアンはそっぽを向き、ネッパーはバンダナをずり下ろして目元を完全に隠し、すぐに静かになった。ヒートだけが、そんな三人を見てクスクスと笑っていた。器の中の粥は、もうすっかり湯気を失っている。