::照美と輝 大きな目も、声変わりもまだな高い声も、少し控えめな性格も、何もかも違うように見えた。 頭ひとつ分下の小さな彼に見上げられて、その不思議な色をしたまあるい瞳の中に自分が映るのが分かる。緊張しながらも決して目を逸らそうとしない彼に、少しだけ笑みがこぼれた。 「…君は、将来大きくなるよ」 「え?」 「そうだな、僕なんかきっとすぐ抜いてしまうんじゃないかな」 重ねているわけじゃない。ただ少し、懐かしくなっただけだ。 昔のことを美化するでも咎めるでもなく、ただ受け入れよう。そういう信条は彼を見ても寸分も揺らぎはしなかった。だから今だけ、夢物語のような言葉を吐いてもいいだろう?ねえ、影山さん。 ::佐久間と龍崎 鬼道総帥は正直言って苦手なタイプだ。頭がいい故にカタくて、融通がきかなくて、何より接しづらい。 フィフスのシード養成施設時代から、弱音を吐いている暇があったら練習をしろと叩き込まれてきた。シードなら皆その経験があるから、ちょっとやそっとの事では簡単にへこたれたりしない。 だけど今日の怪我は少しマズかったかもしれない。脚が内側から鈍器で叩かれるように痛む。そんな事総帥に言おうものなら、注意不足と言われるだろうから言えないが。 なるべく表に出さないようにフィールドを出る。幸い練習はもう終わりだ。ここまでごまかし切れたのだ、誰にも引っ掛かることなどないだろう。 「龍崎」 部室へと踏み出した瞬間、総帥とは別の声が俺を呼び止める。 「佐久間…コーチ」 「ちょっとこっち来い」 ぞろぞろと部室へ退却していく部員たちを横目にコーチは手招きをする。これは完全にバレたな。厄介に思いながらも、手招きにつられて歩み寄った。 「右足だな」 「…やっぱりばれてましたか」 「当たり前だ。コーチだからな」 コーチは俺に座るよう促し、屈んで俺の右足首を持った。僅かな痛みに、手のひやりとする感覚に身震いする。 「お前は自分を追い込むようなプレイが目立つな。程々にしておけ」 「…でも、そうでもしないと」 「鬼道総帥に実力不足だって怒られる、か?」 図星をついた発言にぐうの音も出ない。そんな俺を目だけで見て、コーチは溜息をついた。 「あのな、こんな無理してる方がよっぽど怒られるぞ」 「……」 「それに、俺もこれは見過ごす訳にはいかない」 ん、と俺の腕を肩にかけ、屈んで肩を貸すように歩き出す。普段は見上げるようなコーチの横顔が、今は隣にあることに妙な違和感と気恥ずかしさを覚える。 「…すみません、でした」 「よろしい」 「何でコーチは気付いたんですか」 昔から怪我を隠すのは得意だったはずなのに。するとコーチの横顔が綺麗に破顔した。 「教え子が痛がってるのに気づかない訳ないだろ」 そう自然に笑った横顔に、冷たい手を忘れていた。 ::白竜とシュウ ゴッドエデンはいつも曇っている。それは雨男なシュウと晴れ男な俺が一緒にいるからだ、といつだかシュウは言った。雨男のくせに雨が嫌いで、晴れ渡るような快晴も嫌うシュウは、いつも雨音が聞こえるような日は姿を消した。 「白竜、そろそろ船出るぞ」 後ろから名前を呼ばれ、振り返る。その直前見たのは、まるで誰もいないかのようにひっそりと静まり返った森の入口。 何も知らなくていいのだと、そうシュウが耳元で囁いた気がする。それでも何もかも知らない内に踵を返すことはしたくなかったよ、シュウ。こんなに重い太陽を知ってしまうのなら、それでもよかった。 息をひとつ飲み込む。もう振り返ることのない島は、眩しいくらいの快晴を携えていた。 ::吉良ヒロト おせっかいって言ったら君は悲しむだろうし、ありがとうって言ったらやっぱり君は悲しむんだろう。 だったら僕は否定も肯定も、もうやめるよ。ずっと父さんたちの記憶の中に縛り付けられたままになってたんだ、いい機会と思っておくね。 そんな必要なかったのに、君が僕の名前を背負うことで君の両肩の重みは倍以上に膨れ上がっただろう。人一人の人生、それに関わる沢山の人の感情や責任や使命感を背負うんだ。当たり前だよね。 でもこれでやっと、きっぱりはっきり僕は死ねるよ。吉良ヒロトはもう君のものだ。どうか大切にしてね、僕の人生。 僕という吉良ヒロトは君に上書きされて死ぬけど、でも君にはずっと忘れさせてあげない。ずっと僕の名前を背負い思いながら、長く長く生きてよ。これが僕のたったひとつの願い。君にかけた一生解けない呪いだよ。 さよならヒロト、幸せにね。 ::120401 Thanks:破水 |