現パロ 殺風景だった窓際が華やいでいたことには、さすがの僕も驚きを隠せなかった。 白竜のベッドは白くて、そのベッドに佇む彼もまた白くて、個室である病室も白くて、でもただ一点だけ、白竜の両目にはいつも目の覚めるような赤が燈っていた。 夕方の風が少しだけ開いた窓から吹き込んでくる。はたはたと揺れるカーテンが、時間の流れていることを知らせてくれる。白竜もこちらを振り返った。笑っていた。 「シュウ、来てくれたのか」 そうやって手招きするものだから、すくんでしまった両足を何とかして踏み出す他にない。 プリントの入った袋を手渡せば、いつもすまないな、なんて至極穏やかな声が返ってくる。戸惑っているのは僕だけみたいだ。そしてそんな僕の変化も、目の前の彼は気付いていないらしい。表情を隠すのは得意だけど、自分だけ空回りしているようであまり良い気分ではない。 「白竜、今日誰か来たの」 「ん?ああ、珍しい奴が来た」 「家族じゃないんだろう」 「まさか。剣城だ。どんな風の吹き回しだろうな」 わあ、本当に珍しい。 白竜の両親は多忙な人だから、滅多にお見舞いなんて来られない。それに、花なんて持ってくる訳がないんだ。 「…この花、剣城が持ってきたんだ」 「ああ。『たまに見舞いに来るなら花くらい』だそうだ」 「……そう」 「一気に部屋が華やかになって驚いているんだ。たまには良いものだな、花も」 そうやって白竜は、花瓶に生けられた花にそっと触れた。慈しむかのような指先で、壊れものに触るように。 白竜の指は、花びらに触れるとより白さが際だって見える。生命力溢れるような花弁は、白竜の瞳と同じ深紅を宿していた。 「剣城は見舞いの花については疎いんだな。本当に聞いた通りだ」 「…優一さんに聞いたんだ?」 「ああ。だが気遣いが嬉しいんだ。赤は活気があるから選んだのだと」 「…白竜、きみは」 名前を呼んだところで、開きかけた唇を閉ざした。僕に何が言えるっていうんだ。何ができるっていうんだ。 だって、僕は白竜を傷付けるのが怖くて、彼のためだと言い聞かせながら逃げているだけだ。何もしないくせに、嬉しくも切なげに曇る彼の瞳を見て、勝手に傷付いてる。何も知らない剣城を羨ましがりながら、自分の立場に苛立っている。今の状態に甘んじている自分を心底嫌っているだけだ。 僕もなりふり構わずに、傷付けることもいとわずに、向き合ってみたかった。だって彼は、白竜は、 「…なあ、シュウ」 「……」 「剣城が選んだ色なら、綺麗な色なのだろうな」 花弁から離れていく指が、名残惜しげに震えた。 血を連想させる赤は、お見舞いの花には好まれない。でも、剣城の鋭い目付きがふとした瞬間に柔らかく細められるのを、僕は知っている。彼は優しいから、とても優しいから、白竜のためにきっと時間をかけて選んで買ってきたのだろう。分かっている、僕も白竜も。 この白い部屋の中で、花瓶のその一点だけが鮮やかに染め抜かれている。白竜に合わせるようにしたモノトーンの僕じゃ、きっといつまで経っても敵わない。彼の世界に鮮やかな色を差すなんて、きっとできない。 「見てみたかったな、赤。…どんな色なのだろうな」 そう僅かに微笑みながら伏せられた瞼の裏には、同じ色が燈っている事を知っている。 綺麗で、静かで、でも鮮やかな、僕の大好きな色。彼が一生知ることのできない色。 「…君の目と同じ、とても素敵な色だよ」 そうやって取り繕ったように笑いながら、いつまで経っても宙ぶらりんな僕には、君の色の鮮やかさが少しだけ痛いよ。 ::120303 ::赤だけ見えない色盲白竜 |