大して動かなければ「シンドー」としか話さないロボットは、俺の要望と実用性のなさを鑑みた結果、空き部屋に置くことになった。父さんも仕事上ゴタゴタが続いているらしく、不本意とはいえ壊れたロボットを受け入れて手を焼くのはパスしたかったようだ。あのロボットには悪いけど、俺だって自分の部屋に常に誰かいるという状況はごめんだ。 幸い明日は休日で部活もない。親戚のロボットに詳しい人に来てもらうと約束を取り付けたそうだ。そんな人一人しか浮かばないけれど。 忙しかった昨日一日の疲れが一気に来たように感じる。授業中も教科書を読む声にうつらうつらとして、内容なんてちっとも頭に入ってこなかった。 部活の空気から逃れれば、夏前と何ら変わりない教室の喧噪が耳に馴染む。その安堵ゆえか、授業中寝たまま移動教室に遅れかけそうだったところを、天馬君に名前を呼ばれた。 「かーりーやぁ、次移動だよ」 「ん…ごめん…」 「授業中もずっと寝てたよね、寝不足?」 「まあね」 起きたばかりのすっきりとしない頭で返す返答は、どこか素っ気ないものになる。そんな俺の態度に何かを察したのか、いつになく様子を伺うような声色で天馬君は尋ねた。 「なにか嫌なことあった?」 「…嫌なことっていうか…面倒事押し付けられてさ」 素直に『部活の空気が重いから』とは言えなかった。天馬君は誰が見ても良い奴だから。本当に純粋に、キャプテンのことを想って悲しんでいるのがよく分かるから。それに嘘を吐いたわけでもない。面倒事がうちに押し付けられていることは間違いないのだ。 「面倒事って?」 「あー…何ていうか、壊れたロボット預かることになって…」 「ロボット!?すっごいじゃん狩屋!」 「ちょっ、あんまり大声で言うなよ!」 天馬君の口を手で塞ぐ。別に知られても何ら問題ないことのはずなのに、妙に気恥ずかしかった。おかしくなってしまっている。調子が狂わされていると言った方が的確だろうか。 天馬君は人のペースを乱すことが得意なようで、それは時として良い方向に導いてくれることもあるのだけど、今回はどちらに転んだかすら分からなかった。そうこうしているうちに、いつもそんな調子の天馬君にすら焦りをあらわにして、あまつさえ良いようにペースを乱されてしまっている自分が馬鹿馬鹿しくなってきた。彼に見栄を張っても仕方がないのは分かっている。 「どんなロボット?人型?」 「一応人型…っていうかパッと見普通の人間にしか見えないんだよ。しかもイカれてるのはこっち」 声を潜めて尋ねる天馬君の瞳は、さっきから変わらず輝いたままだ。それに冷たくあたるのが何だか今は少し申し訳なくなって、差し障りない情報を教えてやる。俺が自分の頭を指で指し示すと、天馬君の瞳がほんの僅かだけ陰ったのが見えた。 「知能が壊れちゃってるんだ…」 「天馬君はロボットに感情移入するって言うの?」 「ううんそうじゃなくて、……そう、なのかなあ。だって身体は動くのに主人の言う事が聞けないなんて、俺たちが身体動くのにサッカーのルール思い出せなくなっちゃったみたいな…」 「はあ?」 「とっ、とにかく!一番やりたいこと出来ないってことでしょ?それって何か寂しいよ」 うんうんと唸りながら無理やり引っ張ってきたみたいな言葉はどこかちぐはぐで、伝わりそうな伝わらなさそうな微妙なラインで静止していた。天馬君はそれが自分でももどかしくなったのか、大きな声で叫んだあとにぽつりと、どこか掠れたような切なげな声色で呟く。そこに含まれている何かを理解してしまうのが怖くて、鳴り響いたチャイムの音が消える前に早足で教室を後にした。 03 difference |