俺はてっきり、ロボットなんて精密もんは厳重な保存ボックスか何かに入れられて運ばれるものだと思い込んでいた。いやきっと普通はそういうものなのだろうが、この人型ロボットに関しては違う。母さんが説明してくれた。この住宅街にはおおよそ似つかわしくない、大きな白いリムジンの後部席から降りてきた、と。 「ちゃんと稼働はするんだな」 「でも座ったきり動かないの。お母さんロボットについて全然知らないけど、こういうロボットって口頭の命令は受け付けないのかしら」 「いや俺だって知らないけど…でもコミュニケーション専用ロボットなんだろ?言ったこと分からないなんて事はないは、ず…」 しまった、壊れていたのは知能の方だったか。 最後まで言い終わらないうちに気付きたくない事に気付いてしまった。ある意味外装が損傷してるより面倒なことになる。動かなけりゃいくら人型ロボットといえども冷蔵庫か洗濯機のようなものだが、中途半端に動ける分命令が伝わらないとなると、ほとほと面倒だ。 「こりゃ神童さんちが手に負えないのも分かる気がする…」 「でも別に何も迷惑なことしてないじゃない。電源落とせばいいんじゃないの?」 「こいつが壊れてるのは知能の方だよ。外部に電源スイッチがあればいいけど、もしそれが無かったら口頭の命令じゃ電源落とせないだろ」 全く悲しい話だ。コミュニケーションロボットを謳っているのに、肝心のコミュニケーションが取れやしない。俺は開けっ放しになったままのドアを閉め、未だソファに座ったままのロボットの目の前に立った。見上げるようにして俺を見るターコイズブルーの瞳としっかり目を合わせ、口を開く。 「命令。電源を落とせ」 「……」 「何か返事しろよ」 「シンドー」 「何だよもう、それしか言えないのかよ!」 「シンドー」 駄目だ、完全にイカれてやがる。俺は早々に匙を投げ、カーペットに直接腰を下ろした。大体なんだよシンドーシンドーって。神童先輩か、そんなに自分の主人が恋しいのかこのロボットは。 「この子、主人の名前しか喋れないのかしらね」 「そうなんじゃないの?コミュニケーション専用ってどんなことに使うのか知らないけど、結局個人所有のロボットって個人情報の塊みたいなもんだろ。データ、消されてんじゃねえの」 どこか可哀想なものを見る目でロボットを見つめる母さんに、呆れ混じりの息を吐いた。母さんは見た目に騙されてる。外見が人間そっくりだからって、中身は電子回路の集合体であり、鉄の身体であり、プログラムに沿って行動する『機械』だ。小学生の頃から授業で何度も聞かされてきたから、ロボットに情を移すことはご法度だと心得ている。世間の風潮もそんな感じだし、母さんだって分かっているはずだ。 このロボットがリムジンから直接下りてきたという理由が今やっと分かった。電源が落とせないせいで、外装に包むことも出来なかったんだ。だったら尚更早く処分に出してくれれば良かったのに。今日一番の大きなため息を漏らした。 「このロボット、どこに置いておくの」 「そういえば考えてなかったっけ」 「俺の部屋に置くとか絶対やめろよ」 「まだ何も言ってないじゃない。お父さんが帰ってきたら決めましょう」 何か変なことを決められる前に釘を刺す。今はまだ大人しく座っているだけだが、いつどんな行動をするか予測不可能なロボットなんて怖くてたまらない。母さんもこの通り、早くも愛着を持ち始めている。確かに見た目は良いかもしれないけど、口を開けば死んだ主人の名前しか言えないようなロボット、どうするっていうんだ。 それに神童先輩の名前を出されると、思い出したくもないあのどんよりとした空気が胸の奥から蘇って、俺の全身を支配していくような感覚を覚えるのだ。せめて家では思い出したくないのに、それを許してくれない。 「修理に出すか処分に出すかしよう、なあ」 「マサキは何がそんなに嫌なのよ?」 「こいつが居ると、部活のしみったれた空気思い出して気分悪くなるんだよ。いちいち先輩の名前呼ぶし」 半分投げやりになってそう吐き捨てた。俺の言葉を聞いても尚何も言わないロボットは、ただ静かに背筋を伸ばしてテレビを凝視している。床に座った俺の方が見上げる立場になってみれば、整った造形はぴくりとも動かず逆に機械めいていた。これくらい無機的な方が都合がいいんじゃないだろうか。 俺の愚痴にまみれた返答に、母さんは一拍置いてから口を開いた。 「…でも、神童君が亡くなってつらいのはこの子よね」 そう言って桃色の髪を撫でる母さんの目は、もう既に自分の子供を見る目と同じ色をしていた。ただ見た目が人と似ているだけ。それだけなのに妙な気持ちになる。ロボットだから感情なんてないはずなのに。死んだ主人を呼び続ける無機質なその表情には、悲しみなんて浮かんでいないはずなのに。 らしくない事を考え始めた頭を冷やすためにリビングの扉を開けた。立つ直前に見た大きな目は、「シンドー」と呼んだ時と変わらず、ただまっすぐなターコイズブルーを湛えていた。 02 void |