「じゃあまたな、ジン、ユウヤ!」 「ああ、気を付けて」 9時を回った頃だろうか。正確さを欠く体内時計が大体の時間を伝えてくる。いくら夜だと言っても、この真夏のじめじめとした暑さはどこか苦手だった。それでも昼間よりは幾分か涼しい風が、身に着けた浴衣の裾を通り過ぎていく感覚は嫌いではない。 八神さんの提案で、夏休みにバンくんたちと一緒に花火をすることになったのは、今日の夕方からだった。 今は共に暮らしているユウヤと、親しくなったバンくんたちとの、ささやかな夏の遊びといったところだ。大きな花火大会のように派手ではないが、親しい人たちとこうして集まって何かをするのは、今まであまり経験したことがなかったせいか新鮮だった。じいやが用意したという浴衣も、僕とユウヤ二人揃って初めての体験だ。その新奇さゆえか、用意された手持ち花火の安っぽさも親しみに変わった。八神さんの計らいはかくして大成功を収めたのだ。 「…ジン、まだ残ってる」 「線香花火か。…八神さん」 「ああ、今日のうちに全部片づけてくれた方が楽だろう」 「…だそうだ」 そう言って笑いかければ、ユウヤは一度瞬きをして手に取った細いそれを自らの目の前にかざした。八神さんは僕にユウヤを任せて家の中の片づけをしに行ってしまったので、僕は手元に転がっていたライターを拾い上げ、彼の持つ花火に火を燈した。 「あまり顔を近づけてはいけないよ。こうやって、なるべく動かさないように」 「……」 自分の花火にも火をつければ、一瞬の間を置いて朱い玉が灯る。 小刻みに震えながら弱く輝くそれは、随分と懐かしい光のように思えた。いつか、同じように震える光を手にしたことがあった。もうとんと昔の思い出だ。 暗い中で煌々と輝く光は、やがて小さな火花を生む。僕に言われるままに花火を持ったまま微塵も動かなかったユウヤが、隣で僅かに目を見開いたのが分かった。それを見て、思わず笑みが零れてしまう。 「大丈夫、これが一番綺麗なところなんだ」 「……ぁ」 「あ、」 火花が強くなりだした瞬間、ユウヤの持つ花火の火の玉がぽとりと落ちた。あっけなく光を失ったそれは、足元に敷かれた砂利に落ちて形を失う。思わず声が出てしまったが、ユウヤはそれっきり口を閉ざしてしまった。僕が持つ花火も、それから間もなく同じように落ちて輝きを失った。 「…まだあるから、もう一度やろうか」 「……ん」 何となく居た堪れない気分になり、もう一本の線香花火を手渡しながら呟いた。それを素直に受け取ったユウヤは、何も言わず火を待っているようだ。今一度ライターによって光を燈されたそれは、またオレンジの玉を作る。またそれをじっと見つめているのかと思えば、何を思ったかユウヤは自らの花火と僕の持つ花火を近づけ、ぴったりとくっつけたのだ。 「ユウヤ?」 「…大きいほうが、きれいだから」 「まあ、そう…なのかな」 「そう」 「でもこれでは重くなって落ちやすくなってしまうよ」 「ジンといっしょがいい」 二つの火の玉がくっついた妙な状態のまま、火花がパチパチと弾けていく。彼の言うように確かに大きな火の玉はより強い輝きを放つが、その分震えも大きく不安定なように見える。暗闇の中で僕たちの顔がオレンジ色にぼんやりと映し出され、何だか不思議な感覚に陥った。 程なくしてくっついたままの花火の玉がぶるっと震え、火花が収まらないうちに地面に落ちて消えた。 「大きいだけあって落ちるのも早いな」 「……」 「ユウヤ?」 周りが見えなくなった真っ暗闇の中で、ぬっと彼の両手が伸びて僕の両頬に触れる。そのまま確認するかのようにペタペタと触られるが、彼は口を閉ざしたまま何も言わない。たどたどしく触れてくるその手に自らの手を重ねて名前を呼べば、動きを持っていた掌も止まってしまった。 「…家に入ろうか。身体を冷やすといけない」 「…うん」 暗闇の中で彼の手をしっかりと握り、立ち上がる。何も見えないはずなのに、瞼の裏には「きれい」と言った彼の橙に切り取られた表情が、鮮明に映し出された。 丁度なくなった線香花火の燃え殻をまとめてバケツに浸せば、プシュッという小気味好い音だけが響く。不思議とその音が今は虚しくはなく、ただ愛おしいもののように思えた。 ::111127 ::如月揚羽さんへ。疑似家族な二人。 |