「すまない円堂、後から追いかけるから」 風丸の控えめな声色が俺を責めていく感覚を覚える。前はここで場違いな安堵をしてみすみす手放してしまった。もうそれは駄目なんだ。ここで風丸が行ってしまったら。 「駄目だ風丸、行かないでくれ…」 「円堂、でも」 「行かないで、くれよ…」 縋るように風丸のジャージを掴んで俯いた。両手が作る皺は、握る強さが増すほど深くなっていく。風丸が溜息を吐いた。音が聞こえるほど近くて、静かだった。 「ごめんな」 そうやって風丸が死にそうな顔で笑うから、視界の隅からぼやけて見えなくなっていく。泣きたいのは風丸の方なのに、それがようやく分かったのに、彼は残酷にその背を翻した。その場にへたりこんだ俺はしばらく動けなかった。 それからしばらく地面に手をついたまま、声を殺して泣いた。 黒いマントに身を包んだ風丸たちが、視界いっぱいに映り込む。もう二度と見たくなかった風にたなびく黒は、まるで無駄骨を折る俺を滑稽だと笑っているようだった。分かっていた事実が、変えられなかった自分が情けなくて膝をつく。 「円堂、俺達と戦え」 頭上から落ちてきた冷たく鋭い声。俺の知っている風丸はもういなかった。あるのは受け入れたくない現実だけだ。両手をきつく握り、拳を作った。それだけで、壊れてしまいそうな今を耐えたかった。 「…嫌だ…こんな状態のお前たちと試合なんてしたくない…!」 「……」 「なあ、こんなの嘘だって言ってくれよ。冗談だって、操られてるだけだって思わせてくれよ。なあ、風丸。みんな…!」 必死になって溢れた言葉が涙声になっていく。風丸は、最後に話した福岡でのあの時のように笑ってはくれなかった。あんなに悲しい顔でも、決して笑ってくれなかった。 風丸が短く「そうか」と呟くと同時に、黒いサッカーボールを取り出す。嫌な予感が全身を一瞬で駆け抜けた。前にも見た、最悪の光景が脳裏に鮮明に映る。 「やめろ風丸!やめ……」 風丸の手から滑り落ちたボールが、俺の真横を掠めて校舎にめり込む音がした。崩れていく音の中で風丸の悲しそうな表情がこびり付き、一瞬後には何も見えなくなった。 * これは何度目の世界なのだろう。数えることさえ億劫になってしまった。 分かったことがいくつかある。風丸がボールを蹴って校舎が壊れると同時に時間が巻き戻ること。目を覚ますと決勝戦から一週間後の朝に戻っていること。俺しか繰り返してきた時間の記憶を持たないこと。 原因なんて分からなかった。ただ風丸たちのあんな姿を見たくない一心で、何度も何度も同じ時間を繰り返している。 だけど、どうやっても変えられなかった。 風丸が吹雪に対して劣等感めいたものを抱いていたのが分かってから、風丸と吹雪の距離を縮めようとするも変わらなかった。吹雪がどんどん孤独に取り込まれていく。それを回避しようとすれば、風丸の方が俺達から離れていく。途中までは上手く行っても、二人のことを気にかけすぎて染岡が怪我をするのを避けることが出来なかった。 ヒロトたちとの福岡での試合は、どうやっても避けられなかった。みんなにエイリア学園の秘密を話すことは監督のこともあってできない。いつだったか、それを話してしまったことがある。結果は一番酷いもので、監督に対する不信感からチームは早々にまとまりを崩して行き、みんなの心の傷を増やすだけだった。 最後はいつだって一緒だ。最後の瞬間の風丸の表情がいつも印象的だった。今回も今回とて、悲鳴と瓦礫の音の渦を母ちゃんの声が覚ます。 「守ー!いつまで寝てるの!」 全く、最初とは訳が違う。昔の自分を嗤ってやりたかった。希望なんて費えてしまっているじゃないか。 これが現実じゃなかったら良いのに。そう思えるほどに。 |