稲妻2 | ナノ

(8月28日)


カノンはああ言ったものの、バダップが来てくれるか不安な部分もあった。午後1時に鉄塔広場で。そう半ば無理矢理約束を取り付けたものだから、バダップが気を悪くしているかもしれない、と後になって思い返したのだ。

あの時は無我夢中で、自分の言いたいことばかりを一方的にしゃべってしまったが、そもそもカノンは何故バダップがこんな時期に帰省しているのかすら聞いていないのだ。普通の学校と違い、確か王牙学園の夏季休暇は盆を挟んで2週間程度だと聞いたことがあるが。

約束の時刻になった頃合いにカノンが広場に着けば、そこには一抹の不安の種であったバダップが既に立っていた。
カノンはそのすらりと伸びた影を見て、ある種の感激に包まれていた。真夏の太陽に負けないくらいの輝きを、その大きな瞳に宿しながら彼の元に駆け寄る。

「バダップ!来てくれてたんだ!」
「…指定された時刻より、10分は先に着いているのが常識だ。お前は自分から誘っておきながら遅すぎる」
「あはは…ごめんごめん、正直来てくれないかと思ってたから」

眉間にしわを寄せながら呟くバダップに、カノンは苦笑いで答える。この暑さの中待たせてしまったのは、確かに申し訳なさを感じた。
バダップは小さくため息をつき、「何をするつもりなんだ?」と尋ねた。バダップが引きずらない性格なのを、カノンは心の隅で少しだけ意外に思う。そしていつも通りの笑顔を乗せ、まるで小さな子供のように無邪気な声で言った。

「雷門中に来てほしいんだ」



真夏の太陽光の中に佇む雷門中は、夏休みも終盤とあってか人気が少ない。門は開いてはいるが、部活の生徒もいないようだ。
「正門から入ると、関係者かどうか確かめられちゃうんだけど。実は秘密の裏口があるんだ」
カノンはバダップの手を引いて、横に逸れた道を走り出した。無意識ではあると分かっていても、バダップは握られたカノンの手に何ともいえない感覚を覚える。
やがてたどり着いた場所は、広大な敷地を持つ雷門中の一部、裏庭の向日葵畑だった。

「ここは…」
「雷門中の生徒庭園なんだ。で、何を隠そう俺は生物委員」
「…主旨を明確に伝えろ」
「…バダップに、ここを見せたくて」

バダップにそう一喝され、少しだけしゅんとなりながらカノンは呟いた。
カノンの少し拗ねたような声を受け取り、バダップは視線を目の前に向ける。
目前から縦横に広く広く黄色が広がり、瞳を差す光が僅かに眩しい。右手を目の上にかざして影を作り、瞼を細めた。そのまま静かに時間は流れ、互いが何も口に出さないまま沈黙が足元からせり上がってくる。

その沈黙に堪えられずに空気を壊したのはカノンの方だった。

「気に、入らなかった?」
おずおずと、彼にしては珍しい消え入りそうな声が唇から漏れた。その呟きは辺りに木霊す蝉の声に溶け、掻き消され、散り散りになりながら霧散していく。
不安を湛えたカノンにバダップは目をやる。自分より背の低い俯いた頭に向かって、小さく短く言葉を落とした。

「綺麗だ、と思う」
「ほんとっ!?」
「王牙学園にはこんなものは存在しなかった」
「バダップ、物珍しさだよそれ」

あはは、と笑うカノンに向かってバダップは少しばかり眉間に皺を寄せ、「お前の視界では見えないものが見えるからな」と呟く。
そうすれば一瞬にして表情が一変したカノンが「今の!今の聞き捨てならないよバダップ!」と喚くものだから、バダップの眉間の皺も解れ、その目元が少し、ほんの少しだけ和らいだ。


君に似せた