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まどろむだけの地獄


なまえ、お客さんよ、と母が扉越しに声をかけたと思ったらその扉はすぐに開いた。
ふんわりとした笑みを携えながら、天祥院英智くんは私の部屋に入ってきた。
ただ部屋に入っただけだというのに、彼の所作は一つ一つが丁寧で、ぼうっと見つめていると彼は不思議そうにクスクスと笑っていた。

「何、こちらをじっと見て。こんにちは、なまえ。」
「こんにちは。英智くん。」

笑いながら彼は私にケーキを渡した。ここ最近彼はよく私の家に来る。学校に行かない私を気にかけているらしい。生徒会の仕事も忙しいのに、自分の体調だって良くないのに、英智くんは週に二回は私の家に来ている。学校の様子や授業の内容などを教えてくれた。普通科とアイドル科の進度は違うと思うんだけど、多分先生に何かしらの形で聞いたのだろう。英智くんはそうそう、と言いながらノートを取り出し私に手渡した。ケーキを箱から出していた私は、お皿にケーキを乗せながらノートを受け取った。

「今週の授業内容だよ。」
「いつもごめんね、英智くん。英智くんだって忙しいのに……。」
「いや、構わないよ。こうやってなまえと二人で話すのは楽しいし。」

英智くんはそう言ってからザッハトルテを手に取り、口に運んだ。ケーキ何食べたい?と聞かずに自分の好きなものを取って食べるのは実に彼らしい。別に良いんだけどさ。私はショートケーキにフォークを入れた。

「……ねえ」
「ん? 」
「学校は? どうだった? 」
「……ああ、相変わらずみたいだよ。なまえのクラスの子はなまえが来なくなっても変わらずに過ごしてる。」

そうか、と呟いた私を、英智くんはじっと見つめていた。クラスメイトは変わりないのか。そうか。私にあんなことをしておいて。

私はもう数ヶ月は学校に行っていない。頑張って行こうとはした。しかし、学校での憂鬱な時がまた始まるのだ、と思うと足が進まなかった。
簡潔に言うと、クラスメイトから私はいじめられていた。高校二年生までは普通に仲良くしていた子達だった。初めは仲間はずれにされたりとか、無視されたりとかだったけど、だんだんエスカレートし、私の教科書が破られたり、靴を隠されるようになった。自分が大切にしていたストラップを取られた時は我慢の限界だった。学校に行くのが憂鬱な日々が続いた日、帰り道で英智くんに出会った。英智くんと会ったのはあの時初めてだったが、彼は有名人だったので顔は知っていた。余程落ち込んだ顔をしていたであろう彼は私に話しかけ、私はその日彼と友人になった。そして、最後に彼はこう言った。

「もう逃げてしまえば良いよ。」

その言葉を聞き、私は学校に行くのをやめた。
学校に行かないと決めた時は毎日楽だった。しかし、私の心の中には何かぽっかりと穴が開いたままである。英智くんはいつだって私の家に来てくれるけれど。ぼんやりとしていると、英智くんはいつのまにか私の横に来ていたらしい。気づくと私は彼の腕の中に収まっていた。

「……英智くん」
「何考えてたの。」
「……。」
「学校のことは考えなくて良いよ。言ったでしょう? もう逃げてしまえば良いよって。」
「でも、」
「なまえ。」

英智くんは私が何か言おうとしたのを制した。私はそのまま黙る。これで口を開いたところで私は彼には勝てない。

「ねぇ、なまえ。もう僕は君が傷ついているのを見たくないんだよ。今が楽でしょう? このまま何も考えずにいてよ。何だったら僕が君の面倒を見てあげるよ。」

そうやって英智くんは私の背中をさする。悪魔みたいな言葉だ。彼は私が前に進もうとするのを阻む。


本当は知っているのだ。彼がいじめをするようにクラスメイトを買収していたのを。先日友人だったクラスメイトから泣きながら謝罪をされた。私は彼女の言葉を電話越しでぼんやりと聞いた。なぜこんなことするの、なんて彼に問いただすことはしなかった。怖かったのだ。聞いて、彼まで失うと私は一人ぼっちになってしまうじゃないか。

彼の腕の力がキュッと強まった。私は、彼の背中に腕を回した。
もう私は、何も考えられない。