「抱いて」と言ってみた
トラファルガー・ローの場合




薄暗い潜水艦の中。丸い窓から細く差し込む月光だけを頼りに歩を進める。

深夜過ぎ。時計もろくに確認せずに部屋を出てきた。
船内に響く音といえば、シャチのいびきやベポの寝言、他の船員が寝返りを打つ音、それから私の足音くらいだ。

なるべく音を立てないようにして歩くこと数分。
一つのドアの前に辿り着いた。
きっと、中にいる人は私がここにいることに既に気が付いているだろう。
他の部屋のそれより少し大きいドアの向こう側にあるのは船長室。中にいる人物はもちろん、このハートの海賊団船長のトラファルガー・ローだ。




「おい、いつまでそこにいるつもりだ。用があるなら入れ。」




やっぱりお気づきで。
一応ノックをしてから静かにドアを開ける。


「失礼します。」
「本当に失礼だな。こんな夜中に何の用だ。」


室内の船長はソファでふんぞりかえって何やら難しそうな本、恐らく医学書の類であろうものを読んでいた。



「すみません、こんな時間に。」
「用件を早く言え。俺もそろそろ寝るつもりだ。」


なるほど、もうすぐ寝るつもりなのは本当らしい。いつも被っているもこもこの帽子も机の上に無造作に置いてある。



「はい。あの…」



本も机に置いた船長に近寄る。
さすがにこの部屋は明るい。本来なら窓から差し込んでいるはずの月光も、人工的な明るさに負けてしまっている。
こんな中でこんな事をするのは恥ずかしいが、私だってやる時はやる。

そうして、船長の太腿に両手を乗せて体を屈め、耳元に口を寄せて囁いた。




「船長、抱いてください。」




そして一気に数歩後ずさる。恥ずかしくて目を合わせられない。きっと顔も赤くなっているだろう。

別に性欲が抑えきれなくてこんな事を言っているわけではない。
シャチとペンギンとの賭けに負けたからだ。
私が負けたら船長に「抱いて」と言う。シャチかペンギンのどちらかが負けたら2人が思いっきり、ディープなキスをする。
最初から分の悪い勝負ではあったけど、負けてしまったものはしょうがない。
それにペンギンもシャチも、私に悪意があってこんな要求をしているわけではないのだ。
私は船長が好きで、船長も私が好き、らしい。でも、なんとなく一歩を踏み出せない私たちを見るに見かねてのこれだそうだ。
上手くいかなかったら私は2人を海に突き落としてからこの船を降りる。




最初は少し驚いた表情をして私を見上げていた船長だったけれど、すぐに口の端を上げてニヤリと笑った。
そして、おもむろに立ち上がると、後ずさった私に1歩で近寄り、後頭部と腰に手を回して一気に引き寄せた。
もう逃げられない。



「お前、言うじゃねェか。」



体が熱い。心臓も早鐘のように鳴っている。ドクドクと言う音が聞こえそうだ。ぴたりとくっついた私と船長。きっと鼓動も伝わってしまっている。目はまだ合わせられない。
この人は、私をどうしたいのだろう。



「だが、こう言うのは女から言うもんじゃねェ。男からこう言うんだよ。」



そう言って私を抱き寄せると耳元でこう囁いた。




「抱かせろ、ってな」




どうやらペンギンもシャチも海に落ちなくて済みそうです。


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