おはよう。
ん?何で呼び出されたかって?
んな堅くなんないでよ。別にクビにするとかじゃないからさァ。

君、サカズキのところに転属になったから。詳しいことは…あー、面倒くさいからこの書類見といて。

え?サカズキが怖い?
今からそんなんでどーすんの。これから毎日あいつの下で働くのよ?

…ま、怖がらない方が難しいか。昔からそうだけど、こと海賊に関しては鬼気迫るものがあるからねェ。ありゃ犬っつーより鬼だな、鬼。

あはは!悪いね、そんなに顔青くさせないでよ。
お詫びにあいつの人間らしい所というか、まあ、あんな風に海賊の殲滅に身を費やしている理由を特別に教えてやるよ。



今じゃ憶えているのは軍の上層部、特に古株連中だけの話なんだけど、サカズキのやつ、奥さんがいたんだ。



おい、そんな意外そうな顔すんなって。あいつも人の子、好いた女くらいいたさ。ま、一生のうち一人ってところだろうけどね。


奥さんの名前はなまえ。
マリンフォードのサカズキの持ち家で暮らしてた。

一度だけ、政府のお偉方主催の晩餐会の時、サカズキの同伴者として来ていたのを見たことあるけど、そりゃもうすっごい別嬪だったよ。一度見たら忘れられないタイプの美人。
線が細くて色白で、楚々とした雰囲気が印象的な、何つーの?大和撫子?そんな感じ。
夫の三歩後ろを歩くを地でやる人だったけど、サカズキの同伴者ってんで軍や政府のお偉方とお話ししてるの見てたら丸っきりそういうんでもなさそうでさ。しっかり意志を持った人だったよ。

その日偶然二人で話す機会があったから色々聞いちゃったんだけどよ、何でも二人は元々幼馴染だったらしい。それから色々あって…ああ、ここは教えてくれなかった。で、その色々の後、サカズキにプロポーズ?されて結婚したんだと。話だけ聞くとなまえさんが流されたようにも感じられるけど、なまえさんは子供の時からサカズキのことが好きだったらしいから、人生って面白いよねェ。
サカズキのこと話す時も色白の頬を少し赤らめちゃって、この人は本当にサカズキの事が好きなんだなってわかって嬉しかったよ。同僚としてね。今程じゃないけど、昔からあいつの考え方は割と過激で、軍内でも上下関係なく反感を持ってる人は結構多かったんだ。その上能力者で出世頭だったから余計にね。ま、半分は嫉妬か。

だから、そうやって少しでもあいつを理解して、陰ながら支えてくれる人がいるって知れたのは良かった。


いつだかサカズキに奥さんのことどう思ってるのか、ボルサリーノと一緒に聞いたことがあったな。おれらもまだ若かったし、三人のうち妻帯者はサカズキだけだったからさ。その時は確か、物凄く渋い顔してたな。そんでボルサリーノが何も言わなかったらなまえさんにそういう風に言っちゃうけどいいのォ〜?って言ったから渋々答えてくれた。

それだけでも、あ、こいつなまえさんのことかなり大事にしてるなって言うのがわかったんだよ。で、家事だって何でもできるし、なかなか家に帰れないサカズキにも文句一つ言わない良くできた女だって言ってた。


愛してるだとか、大事だとか、そう言うの口に出さなかったし、そもそもそんな甘ったるい事言うようなタイプじゃないけどさ、見る人が見ればわかるんだよね。サカズキはサカズキなりになまえさんのことを大切に思ってるし、愛してるんだなぁって。

ぱっと見、極端に真反対な組み合わせの二人に感じられたけど、実際はそれで上手くいってたし、バランスの取れた夫婦だったんだろうねェ。きっと二人とも幸せだったと思うよ。



それで、今から19年前。オハラでバスターコールがあってから約1年後か。なまえさんが殺されたんだ。他でもない、海賊の手によって。

普段はマリンフォードで暮らしてるなまえさんだったけど、その日は所用で別の島にいたらしい。その島は偉大なる航路の島の一つで、サカズキとなまえさんの故郷だったそうだ。
その島で海賊が騒ぎを起こした。
近くにいた5歳くらいの少年を人質に取って、金品や食料、挙句に若い女性を要求したんだ。もちろん、島民の生活と安全がかかってるから要求には答えられない。島常駐の海軍だっていたけれど、人質を取られているから迂闊に動けない。少年が殺されてしまうし、それ以上に何かされかねない。

誰もが諦めかけた時、なまえさんが進み出たんだ。


「その少年を解放して私を人質にしれください。私は海軍本部中将サカズキの家内です。」


そう言って。
海賊はそりゃもう大喜びよ。
当時サカズキは既に海兵としてかなり有名だったし、なまえさんは若くて綺麗な女性だった。奴らもあわよくばって思ったんだろうね。
恐らく、それこそがなまえさんの狙いだったわけだけど。

そして人質にされていた少年は解放され、代わりになまえさんが人質になった。
卑下た笑みを浮かべる海賊の下へ、なまえさんは恐れを見せもせずに歩いて行ったと聞いたよ。シャンと背筋を伸ばして、大事な夫の名に傷を付けないように。
彼女が海賊の下へ到達したその瞬間、鋭い突撃命令が出た。誰も怯んじゃいなかった。何故なら、なまえさんが人質になる事を申し出る前に打ち合わせていたから。

その時現場にいた海兵に後から聞いたんだけど、彼女は、自分のことは気にせずいつものように海賊を討ち取ってほしい、一瞬でも躊躇えば海賊に隙を突かれてしまう、と言ったそうだ。サカズキなら間違いなくそうするだろう、とも。

有名な海軍本部中将の若妻と言う新たなカードを手に入れ、油断していた海賊は虚を突かれた。島民たちは避難し、そのまま戦いにもつれ込んだ。
偉大なる航路に入った海賊とは言え、略奪行為にわざわざ人質を取るような奴らだ。すぐに決着はついた。
だが、どさくさに紛れてか、場の混乱を招こうとしたのか、今じゃ誰にもわからない事だけれど、なまえさんはその海賊のうちの誰かに刺されて亡くなった。心臓を一突き。痛みを感じる間もない即死だっただろうと言われている。

彼女の死亡の報せはすぐに本部にいたサカズキのもとに届けられた。
たまたまサカズキと一緒にいたんだけど、その時が初めてかな。あいつがあんなに怒りを露わにしたのを見たのは。報告に来た海兵を殺してしまうんじゃないかって程の殺意を放ってた。

その海兵が去った後、しばらく頭を冷やしたいから一人にしてくれって頼まれたよ。部屋のドアを閉める直前、泣き声なんかの代わりに押し殺した声で、なまえ、と呟いた声を聞いたのは今でも忘れられない。



なまえさんの訃報は多くの人を悲しませた。軍の上層部で彼女を知らない人はほとんどいなかったし、穏やかな人柄と確固たる意志に惚れ込んでる人も多かったからね。

なまえさんの葬儀の時、彼女の勇気と海軍への惜しみない貢献を讃えて軍から勲章を贈られた。実際彼女がそれを喜んだかどうかはわからないけど。

この件があってから、サカズキは更に過激になった。海賊は悪で、必ず殲滅しなくてはならない存在だって。
まあ、当然っちゃ当然の反応だな。
やっこさん、今でも自宅のなまえさんの仏壇に手を合わせてから出勤してるらしいよ。どれだけなまえさんの事を大事に思ってたかが推し量れると思わない?



これは後日談なんだけど、件の少年、なまえさんに助けられた子がさ、事件の十年後、海軍に入隊したんだ。
偶然のなせる業か、担当上司はサカズキ。挨拶に行ったその少年はこう言ったんだと。


「十年前、自分は大将の奥方に海賊の人質にされた命を救っていただきました。そのご恩に報いるため、海軍の絶対的正義の元、海賊共を殲滅すると決め入隊しました。本日はそのご挨拶に…」


そんでサカズキは自分の大事な奥さんが命を賭して救った少年に何か感じたんだろうね。こう言ったそうだ。


「あいつが命を賭して守ったのはお前じゃったか…坊主。正しい海兵になれ。あいつに報いたいなら死ぬ気でやれ。海賊は悪じゃ。お前はそれを身を以て知っているじゃろう。」


それに勢い良く返事をした少年は今じゃスピード出世の少将。ほら、サカズキの右腕の。そう、その男。すごいだろ。



どう?ちょっとはサカズキに親近感湧いたんじゃない?と言うか、恐ろしいだけの過激な大将じゃないってことはわかったでしょ。
ま、今度からはあいつの下で頑張れよ。



あ、そうだ。おれがこの話をしたっていう事は…
えーと…アレだ…

……何だ。

…忘れた。もういいや。


泣かなかった
胸の内はいざ知らず
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