「相変わらず大量だね、幸村。」
「まあね。」


我らが立海大テニス部の元部長、幸村精市はモテる。それは本当に驚くほどに。今日は女子たちの戦争、バレンタイン・デー。引退してもこの量だ。昼休み現在、結構大きめの紙袋が4つ、パンパンである。この男、いつか見知らぬ男に刺されるんじゃないだろうか。非常に心配である。


「いちいち全部貰って返すの大変じゃないの?」
「そうだね。でも、せっかく俺のために買ってくれたり作ってくれたりしてくれてるから、その気持ちを無下にはできないよ。」

「わ!さすがモテる男は言うことが違うわ。でも、ねえ…」


その量は邪魔だと思う。そう言うと、彼は確かにね、と、退院してからよく見せるようになった、あの儚げな微笑みを浮かべて言った。


去年までは『友チョコ』と称して渡していた手作りのチョコ。まあそれは名目で、実のところ大本命。そんな事、幸村は知らない。それでいいのだけれど。
高校にはエスカレーターで行く。それを節目に諦めようと思っている。
叶わない恋に身を焦がしていては大事な青春時代をふいにしてしまう。それなら、もっと別な人、私に釣り合うようなほどほどの人と付き合って、それらしい思い出を作った方がよっぽど有効的だ。
幸村の事は恋愛としては諦めるけど、仲は良いのだから距離を置く必要は無い。だから、“女子”の中で最も親しい友人、という近くて遠いポジションを頂こう。
どっちつかずの、気持ちを伝え切らないチョコはもう渡さない。



「ホワイトデーに返せるの?」
「ははっ、まさか。この量を返せるのは氷帝の跡部くらいだよ」
「ああ、あの『俺様の美技に酔いな』の人ね」


いつか幸村に彼女ができたらこの場所は譲らなくてはならない。そう思うと酷く寂しいものだと思った。
机を挟んで、顔を寄せて笑い合う。いつから幸村とこんな距離で話せるようになったのか、もう覚えていない。
でも、初めて話した日からずっと、この人の声を聞くと幸せな気持ちになるし、顔を見れば心臓が落ち着かない。それは変わらない。


「どうしたの?そんな顔して。」
「え…ううん、何でもない。」


そこまで顔に出てたか…気をつけなきゃ。



「そう。ならいいけど。なんだか随分悲しそうに見えたから、何か気に障るような事をしちゃったかと思った。それより、今年はチョコくれないの?」
「今年は無し。毎年量増えてるし、それだけ美味しそうなのがあるなら要らないと思って。」
「なるほど、そう言うことか。最後の手段で決めちゃうってわけだね。」
「は?何、どう言うこと?」
「それじゃあ、いただきます。」


そう言って机を挟んで向かい合っていた私の頬を両手で包み込んだ。顔を動かすことが、できない。

ややあって唇に温かい感触。
幸村の薄いそれが、私のそれにぴたりとくっつけられている。
下唇を少し食んだ後、幸村はようやく顔を離した。
手は相変わらず私の頬に。
きっと真っ赤になっているだろう私のそこは、幸村の手のひらに熱を伝えている。
恥ずかしくて堪らない。俯いて目を逸らしてしまいたいのに、幸村がそれを許さない。


「…っ、何してんの!本当に、何?何なの?」
「バレンタイン・キス?」
「はあ!?」
「だってなまえ、俺のこと好きだろ。気づかないとでも思った?安心しなよ、俺も好きだから」


3年も待ったのに全然言ってくれないから、俺から仕掛けちゃった。そう言ってお茶目に笑う幸村は可愛いと思った。
私は、既に赤くなっていただろう顔を更に赤くして幸村に好きだと告げた。
幸村は心底嬉しそうな顔をしてくれたが、少し、ほんの少しだけれど、幸村の頬が赤くなっていた。
これは私だけの秘密。


甘いのはどこ?
とっておきの洒落たチョコレイト
それは私のくちびる
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