「ねえ侑士、ここ教えて?」
「ん?ああ、それはな…」
高3の彼女に高1の彼氏が勉強、それも数学を教える。何とも不思議な光景だと自分でも思う。
今年大学受験の彼女は看護師志望らしい。それを実現させるために苦手な数学を中3くらいのからやり直している。
そして、得意科目が数学の俺に教えてと頼んできたのだ。
高2からのは俺が先回りして勉強して教えてる。教科書見れば案外わかるものだ。
「…と、こう言うわけや。」
「なるほど…いつもありがとう。」
そう言って俺にすり寄ってくる。こうしているとまるでなまえが年下のようにも感じられるが、やはり2年の年の差は広い。
「よし…もう少し頑張る。」
「そか。またわからんかったら声かけや。」
なまえが離れたので読みかけの恋愛小説を手に取った。昔、まだ中等部の1年の時に買った物。
ふと、なまえと出会った頃のことを思い出した。
「今日から俺様が部長だ!」
いきなりそんな新入生挨拶をぶちかました跡部が部長を務めるテニス部に入って数ヶ月。気が付けば準レギュラーになっていた。
そこで始めてなまえを見た。
レギュラーマネージャーで、大人っぽくて美人。完璧と謳われるなまえの存在は入ったばかりの俺らの間でも有名だった。
そんな“完璧な”なまえと初めて接触したのは、自主練をしていた時だった。
夕日のオレンジ色の光が、黒い影を濃く映し出していくテニスコート。ほとんどの部員が帰って行く中、一人で黙々と続けていた。
「忍足くん。これ、どうぞ。」
部活終了から小一時間ほど経った後、終わらせて帰ろうとした時、俺に被さる黒い影。タオルとドリンクを用意して差し出してくれたのはなまえだった。
まず初めにこんな時間まで残っていたことに驚いた。突然レギュラーマネージャーに話しかけられたことも同じくらい驚いたけれど、同時に嬉しく思ったのを今でも覚えている。
入りたての1年生が勝手にやっていた自主練もしっかり見ていて、尚且つマネージャーとして当たり前と言わんばかりに普通の練習の時の様にサポートをしてくれた。
つまり俺は、最初から好印象しか持っていなかったのだ。
なまえが初めて声をかけてくれたその日を境に、俺達の仲は急速に深まっていった。
一緒に帰ったりして話していくうちに、趣味や好きな本が同じだったりと、とにかく気が合うことがわかった。
お互いおしゃべりな方ではなかったけど、重苦しい嫌な雰囲気を持たない、心地良い沈黙の時間を共有できるなまえとの距離感が気に入っていた。
それから、観たい映画が同じだったら部活の少ない休みを利用して2人で観に行く。感想を言い合ったりする。恋愛小説の貸し借りをしたり、勧めあったりする。
そんな事が日常化していった。
俺たちの関係が変化したのは、ファーストコンタクトから数ヶ月後の3年生の引退直前。
「ねえ、侑士くん。」
いつものように残って練習していた俺にいつもと違った様子で近づいてきたなまえ。
この頃にはなまえは俺のことを侑士くんと名前で呼んでいたし、俺は俺でなまえの事をみょうじさんではなく、なまえさんと呼んでいた。
「2つも年が離れてるのに変だと思われるかもしれないけど…私、侑士くんが好き。」
驚きはしなかった。うっすらそんな気はしていた。
「…そうですか。俺もなまえさんのこと、嫌いやないです。」
「それなら…?」
「付き合ってみませんか?」
なまえのことは嫌いじゃなかった。どちらかと言えば、初対面からずっと好感を持っていた。恋愛的に考えて好きか、嫌いか、というのは差し置いてだ。
何より、振って関係が悪化することだけは避けたかった。
付き合い始めて、完璧と言われる彼女の不完全な部分を多く見つけた。
例えばドリンク以外の料理は壊滅的に下手だとか、整理整頓が苦手だとか、寝相が悪いとか。
そう言うなまえの一面を知っているのは、少なくとも部内では俺だけだと言う優越感を感じるようになったのはいつの頃からか。気が付けば絶対手放したくない愛しい存在になっていた。
「よし、休憩。」
うん、と伸びをしたなまえ。背中をパキリと鳴らしてから、体中の力を全て抜いて俺に寄りかかる。
彼女が中等部を卒業して追いかけるように俺も卒業した。
そして、またなまえは卒業する。開いた年の差が埋まることは決して無い。
本を机に置いて、しばし思案した。
悩みの答えは思いの外早く出た。
「なあ、なまえ。俺、来年から一人暮らしすんねん。」
「一緒に暮らさへん?」
生涯離れたくないと思う人は、俺の人生において、この人以外に現れることは無いだろう。突然の発言に驚き、元々大きな目を更に見開いてこちらを見上げて来る、この人以外には。
離れたくない、離したくないなら、俺から離れられないよう、がんじ絡めにしてしまえばいい。
がんじ絡め
俺はすでにお前でがんじ絡め
- 1 -prev | back | next