「ブン太はさー。」
「あ?」
「色気より食い気だよね…」


つい先週、テニス部の全国大会が終わった。結果は準優勝と悔しいものではあったけれど、全力を出して試合をしてたと思う。
ブン太も無事に部活を引退、私もブン太の応援から引退して、今日は久々のデートだ。
しかも、夏定番のお祭り。
それなのに、私の彼氏様ときたら…


「俺のどのへんが色気より食い気なわけ?」


右手にタコ焼き、左手にりんご飴。腕に袋に入った綿あめをぶら下げ、挙句の果てに彼女である私に焼きそばとラムネを持たせてる。
これのどこをどう見れば食い気が無いように見えるのか、私はむしろ不思議だ。

そう伝えるとブン太はちょっとニヤッと笑った。


「べっつに良いじゃねえか、楽しけりゃ。お祭りの醍醐味っつたら屋台の食いもんだろい?」
「そりゃまあ…そうとは思うけど。」
「じゃあいいじゃん。お前もじゃんじゃん食えよな!」
「私はいいけど、そのまま食べ続けたら太るよ。部活引退したんだから。」
「うっせ!」

でもまあ、こういうのを楽しめるのも今のうちか。
そう思い、ラムネを一口飲んだ。


普段はこの道もこんなに賑わうことはない。今は道路の脇にこれでもか、という数の屋台が所狭しと並んでいる。一年に一度のお楽しみだ。
この日のためにいろいろ雑誌を見たりして、お化粧やヘアアレンジを練習してみた。
今日着てる浴衣だって、少しでも可愛く見られたいと思って新調したものだ。白地に濃紺とピンク、水色の縦縞模様の上に大きな赤い花が散らしてある。お店で一目惚れしたもので、できれば似合ってるの一言くらい頂きたい。



そういった類の言葉が無くても、久々のデートはすごく楽しくて、いろいろ食べるうちに空いた手はいつの間にか繋がれていた。まるでそうしていることが一番自然なことのようで、ちょっと嬉しくなったのは内緒だ。



今日のお祭りはここら一帯では一番規模の大きなお祭りで、わざわざ遠くから来る人もいる。
実際、家族と連れ立った幸村や赤也、弟と一緒に射的をする仁王を見かけたりした。きっと他の部員やクラスメイトたちも来ているだろう。

知り合いもそうでない人も、お祭り独特の雰囲気に飲まれ、皆落ち着きが無いように見える。良い意味でどこか浮ついた雰囲気。
今なら普段言えないことも言えてしまいそうだ。


昔、まだ小学生だった頃、私は夏祭り独特の雰囲気を“夏のバケモノ”と呼んでいた。なんとも可愛げの無いネーミング。
ブン太にも、なんだそりゃ、と言われ呆れた顔をされた記憶がある。当時の私にはこの雰囲気を説明できるような思考も言葉も持ち合わせていなかったのでうやむやになったけれど。
この、何でも言えてしまいそうな気分にさせるのが、私の思う“夏のバケモノ”だ。



歩き疲れて何かの店舗前の階段に二人並んで腰掛けた。
屋台のオレンジのギラついた明かりもお祭り独特で私は案外好きだ。
それを見ながら、どうやって今私が思っていることを口にしようかと考えていた。


「あのさ…」

しばらく心地良い沈黙が続いた後、ブン太が突然声をあげた。

「なに?」
「今日のそれ、結構似合ってんじゃん?可愛いと思うぜ。」
「は、ちょ、ななな何言いだすの急に!びっくりするじゃん!」

あまりに急なことで焦ってどもってしまった。でも仕方ないと思う。
私とブン太は幼馴染の延長線で恋人になったようなものだ。
お互いの隣が居心地良くて、自分以外の人がそこにいると苛立つし、いて欲しくない。そこは私の場所だと主張したくなる。それならいっそ関係の肩書きを変えよう。そう言って付き合い出したのが去年の秋。我ながら随分ませたことをしていると思う。

初めのうちは付き合ってるということを知っている人が少なかった。
テニス部員でも気がついたのは柳と幸村くらいだった。それぐらい、ぱっと見ただけでは私たちの関係に変化が無かったのだ。
それでも、何となく雰囲気で感じ取ったりした人が噂にして学校中に広まった。
ブン太なんかは人気者だから未だに告白されたりするけど、一応お互いのポジションは確保されたのだ。

もうすぐ1年になるこの関係だけど、未だに慣れない。
幼馴染のブン太は絶対私に可愛いなんて言わなかったし、ましてや手を繋いだりなんてあるわけが無かった。
付き合い出してからも数えるほどしか言われてないし、逆に私も言っていない。
だから、急に可愛いだとか、そういうことを言われると顔に熱が集まって仕方がない。
今の私の顔はあの赤髪と同じくらい赤くなってることだろう。

熱を冷ますように手で顔を扇いでみる。
ふと隣を見るとブン太の顔も赤くなっていた。
なんだ、恥ずかしかったんじゃん。
結局、私たちはお互いが大好きなのだ。


「ブン太もさ、その…すごくかっこいい。」
「!!」

私もたまにはちゃんと思ってることを言うべきだと思った。
こんな、まるで綿あめみたいな甘ったるいような雰囲気は私たちはらしくないけど。



すると、突然ブン太が私を抱き締めてきた。


「お前本当何なの…可愛すぎなんですけど……」


声がくぐもってるのは私の肩口に顔をうずめているからか。
今日は急な行動が随分多い日だ。
せっかくなので私も抱き締め返した。
こんなの、バカップルみたい?
たまにはいいよね。


「なまえ、好き。大好き。普段全然言えないけど、俺、お前一筋だから。そこんとこしくよろ」

顔をあげてそう言ったブン太の唇が私のそれにそっと触れた。


ああ、もう!
私も好きだ馬鹿!!


夏のバケモノ
それはどうやら、人を素直にさせるようです
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