どうしてこうなったんだろう。

夕方、オサムと私の2人分の洗濯物を畳みながらふと思う。


私たちはいわゆる幼馴染みと言うやつで、それこそ赤ちゃんの頃からずっと一緒にいた。
幼稚園に行きたがらないオサムを引っ張って行くのは私の役目だった。お昼寝の時間では隣で寝てたし、行き帰りのバスも隣に座ってた。小中学校も何の縁か、9年間同じクラスだった。宿題を手伝うのも、わからないところを教えるのも、サボろうとするオサムを捕まえて授業に出させるのも私。
高校はまだやりたいことが決まってなかったし、とにかく心配だったからオサムと同じ学校を選んで、また繰り返す。
大学は幼稚園の先生になりたかった私が選んだ私大の教職課程をオサムが選んで、結局同じ大学。


そこからだ。この奇妙な同居生活が始まったのは。


そもそもの始まりは、高校卒業と同時にオサムが1人暮らしを始めたこと。
ただ、掃除はしない、好きな物しか食べない、ほぼ毎日買い食い、酒を飲む、タバコを吸うというなんともいただけない生活をしていたオサムに私が痺れを切らして、この部屋に押しかけた。
そして掃除から料理から何から何までやってあげてしまったのだ。
それはその日だけで住むはずもなく、オサムに頼まれた日はご飯を作ってあげたり、一緒に掃除したりする事が増えた。

大学生活も2年目を過ぎた頃、朝飯も頼むでーと言われてしまい、半強制的に一晩泊まらせられた。そして、今度はオサムの部屋に泊まる回数が増え、オサムの部屋にある私の物が増えた。
大学を卒業する頃には完全に同居状態になっていたのだ。

それぞれ就職した後もずっとそんな生活を送っている。

オサムに対して恋愛感情はたぶんないし、むこうも無いと思う。
ただ、酔った勢いでキスした事はあるし、まあ、その、あれだ。大人の恋愛的なアレもやっちゃったことがある。オサムはたぶん忘れてるけど。とにかく、恋人同士では無いことは確か。
もちろん、オサムとやらかした時が私の初めてじゃないし、オサムもそう。
お互い高校時代は普通に恋人がいた。
なのになぜ、今こんな事になっているのだろう。
気づけば2人とも30目の前だし、周りがどんどん結婚していってるので、私は正直焦りを感じている。


周りからすれば私たちは恋人に見えるらしい。
以前、オサムが顧問をしてる四天宝寺中男子テニス部の練習試合の時に、金が無くて帰るに帰れん、と電話された事があった。アホかと思いつつ、指定された駅まで財布を持って迎えに行った。
その時、豹柄タンクトップの少年に
「ねーちゃんはオサムちゃんの彼女なん?」
と純粋な目で聞かれたのだ。その時は確か、保護者と答えておいた。周りの少年たちから総ツッコミを受けたが、今でも間違ってないと思う。

それから、つい最近。玄関の鍵が開けられてオサムが帰ってきた気配がしたから
「おかえりー。お風呂湧いとるけどご飯とどっち先にする?」
と聞いて玄関を覗いたら、見覚えのあるイケメン少年が2人いた。どうやら、オサムに飯食わせたると言われて鍵を預けられたので一足先に来たらしい。ケータイみたらそんな内容のメールも来てた。彼らはテニス部の白石くんと忍足くんと言うらしい。やっぱり恋人と勘違いされた。

同居してるとやっぱりそう思われるものなのか。
でもまあ、私だって今の私たちのような状態の人たちを見たらそう思うだろう。
白石くんと忍足くんが来たその日、盛大に酔っ払ったオサムを布団に突っ込んでから2人をそれぞれの自宅まで送った。夜だったし、いくら男子と言えどまだ子供だったからね。
最後、別れ際に白石くんから言われた言葉は衝撃的だった。

「オサムちゃんのこと、頼んます。あの人、たぶんお姉さんのこと好きやから。」

目が点になった。

「今日俺らをお宅に連れ込んだんも、たぶん自慢したかったからやと思います。」

それじゃ、お気をつけて。なんて言って、彼は家の中に入っていった。
オサムが、私を?

無い。さすがに無い。怖いわ。
いろいろかき回されて、こんがらがってしまった。
それでもオサムの側を離れる気が起きないのは、単にあいつがダメ人間だからだと思うんだ。



いろいろ考えてたら洗濯物は畳み終わって、日も暮れていた。

私は今日は休みだったけど、オサムはテニス部の活動があるとか無いとか。
お弁当作ったし、行ったんだろうなー。ちゃんと食べたかなーとか考えながら夕飯を作ってオサムの帰りを待つ。

ここまで意識して行動してなかったけど、これ、主婦みたいじゃん。周りにいろいろ言われるのもわかる気がしてきた。



しばらくして鍵が開く音がした。


「おかえりー。いつもより遅かったやん。どないしたん?」
「おう、ただいま。なまえは気にせんでええでー。金ちゃんがちょーっとコートを破壊しただけや。」
「すまん。意味がわからん。」
「おう。わからんでええでー。」


金ちゃんって豹柄タンクトップの遠山くんだよね?え?コートを破壊?怖い。テニス怖い。


「お、きょうの夕飯も美味そうやなー。」


つまみ食いしようとするオサムを嗜めて着替えに行かせる。本当、なんでこんなやつが教師やってるんだろう?四天宝寺中大丈夫か。特にテニス部。



「ほないただきます。」


同居し始めて約6年。その前の通ってた時期も含めると約8年。この生活に疑問を持ってこなかった事が今さら不思議に思えてくる。そのくらい、オサムとの生活が自然で普通の事だったんだと改めて思った。


ご飯を食べて、お風呂も入って、1日の疲れを落としてようやく晩酌。これは外せない。


と思ったら、オサムに飲もうとした缶チューハイを奪われた。
一体何をするつもりだ。


「なあ、そろそろ俺らの肩書き変えん?」
「は?」


急に何を言い出すんだこの男は。


「せやから、肩書き。いい加減幼馴染みやめて、夫婦にならん?」
「はあぁ!?」


もう、意味わかんない。酔ってんの?


「ちょ、何勝手な事言うてんの!?着いてかれへんのやけど。」
「なんや飲み込み悪いなー。早い話が結婚しようやっちゅー事なんやけど。簡単なことやろ?」
「…私たち、別に付き合ってないやん。」


だって、ねえ?
たしかにいろいろやっちゃったし同居もしてるけど、恋人すっ飛ばして夫婦って、そりゃぶっ飛びすぎやしませんか?


「ええやんか。ほとんど付き合ってるようなもんやし。」
「勝手なやつやなほんま…」
「せやで。俺はお前が嫁さんに欲しいねん。お前が嫌っちゅーてももらうで。俺は勝手やからな!」


わはは、と豪快に笑うオサムにもはや何も言えない。チューハイ片手にプロポーズなんて。
でも。


「しゃあないな。ええで、結婚。オサムの事、ほっとかれへんもん。」
「おう。俺をこないなダメ人間にした責任は取ってもらうで〜。」


またまた豪快に笑うオサム。つられて私も少し笑う。そうか。私がこいつをダメ人間にしてしまったのか。まあ、いいよ。これからも私がお世話してあげようではないか。

突然、笑っていたオサムが優しい顔になった。


「今度から、みょうじなまえやなくて渡邊なまえやな。」


こんなこと言うオサムをちょっとだけ愛しく思ってしまったのはここだけの話し。



おもむろに立ち上がったオサムが座っていた私を抱き上げてぐるぐる回り出した。
何この青春感。今さらすぎて笑えてくる。


「俺な、ほんま昔からお前のこと大好きやってん。お前がおらんかったら生きていかれへん。」


さらりと言うオサムに私は驚く。そんな素振り、今まで見せなかったくせに。


「何にせよ、お前は俺のモンや。これからもよろしくな。」


未だ私を抱き上げてるオサムの幸せそうな顔を見て、明日はとびきり美味しいご飯を作ってあげようと思った。


これからもよろしく
依存されてると思ってたけど、本当は私が依存してるのかもしれない

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