私が人の子として生きていたのは、まだ八岐大蛇さんもこの世にいた時代、いわゆる神代です。
幼い頃はたいして親に反抗もしないような大人しい子どもでした。それが、ある日ある男の子との出会いで変わったのです。

男の子の名前は丁と言いました。召使いと言う意味の名で、村の生まれではなく、親もいないみなしごでした。村の大人たちや子供たちからは除け者にされていたけれど、物静かで大人しく、色々なことを考えているとても聡明な子でした。ちょっと恐ろしい時もあったけれど。
村の子供たちは親から「丁と遊んではいけない」と言われていて、それをきちんと守っていました。ただ、私だけはどうしても納得がいかなくて一人でこっそりと丁の元を訪れ、一緒にお話ししたり遊んだりしていました。初めて親の言い付けを破ったのはこの時です。


それから何年か経ちました。その年はなかなか雨が降らなかったので皆困っていました。
雨は天のお恵みです。雨が降らなくては飲み水も日用的に使う水も手に入りません。代用していた川の水も、雨が降らないのでだんだん流れが細くなっていきました。

そこで村の大人たちは話し合いをして、生け贄を差し出して雨乞いをすることに決めたのです。ですが、当然自分の子は可愛い。誰も自分の子を生け贄にはしたくありませんでした。すると、一人が「丁がいるじゃないか」と言ったのです。結果、丁が生け贄になるということが決定してしまいました。
話し合いをしていた建物の外で聞き耳を立てていた私は走って丁の元へ向かいました。

丁はいつも通り、山を少し登って奥に行った所にある開けた場所にいました。そこはちらほらと小さな可愛らしい花が咲く場所で、私と丁の二人だけの遊び場でした。


「丁!」
「おや、今日は少し遅かったですね。何かありましたか?」


いつもと何も変わらない丁を見て、私は思わずその身に抱きつきました。あの時代からすればとても破廉恥な行為でしたが、そんなことを考える余裕も無かったのです。
丁は私に抱きつかれて少し驚いたものの、そのまま私の背に手を回して再度どうしたのかと聞いてくれました。


「大人たちが、丁を雨乞いの生け贄にするって…」

涙を堪えながら言うと、丁は一瞬強張った表情をしたものの、すぐにいつもの無表情に戻りました。

「そうですか…この時代、人々の心を休めるにはそれが一番ですからね。私は元々この村の人間でもありませんし、親もいません。ちょうど良いのでしょう。」
「なんでそんなに冷静なの!?」
「冷静、ですか。」


私は丁の着物をぎゅっと掴んで、涙が溢れてきた目を丁の肩口に当てました。

「そうだよ。落ち着き過ぎてる。おかしいよ。だって、死んじゃうんだよ?殺されちゃうんだよ?」
「仕方ありませんよ。それで雨が降るのならばこの村は救われますから」

それに、と丁が続けました。

「私が生け贄となることで雨が降り、なまえを救えるのなら本望です。」


その時、どこまでも冷静で、いつもと変わらない丁に対して不思議と愛おしいと言う感情が湧いてきました。妙なタイミングではありましたが、確かにそう思ったのです。


「私は…私は丁とお別れしたくない。ずっと一緒にいたい。大人になってもずっと、ずっと。」
「……。」
「好きだよ。私、丁が好き。死んじゃ嫌だよ…」
「ありがとうございます。私も、なまえが好きです。貴女といる時間は寂しくなかった。家族、というものになってみたかったです。」


なんて無情な時代だったのでしょう。幼いながら、身分の違いも生まれの違いも乗り越えて気持ちを通じ合わせたのに、別れの時はすぐ目の前に見えていたのです。
その日はあまり喋りもせず、ずっと二人で寄り添って座って一日を過ごしました。

日が沈む頃、家に帰る前に丁が自分の髪結い紐を解いて私の手首に結んでくれました。
自分の一部を私に残し、もしあの世と言う場所があれば、そこにいても私と繋がっていられるように、と。


それから数日後、私はそれまで何年も丁と遊んでいたことがついに親にばれてしまい、家に閉じ込められてしまいました。
折檻こそされはしませんでしたが、親の失望しきった瞳が終始私を貫いていました。

監禁を解かれて外に出た日、その日は雨が降っていました。
前日に丁を生け贄として捧げ、そして雨が降ったのです。村の人々は皆喜んでいました。
私は走って、丁が捧げられた祭壇に向かいました。ところが、そこに丁の遺体は既にありませんでした。丁が付けていたと思われる勾玉が一つ、落ちているだけです。おかしなことですが、大人たちはそんなこと気にも留めませんでした。
最期のお別れも言えず、その亡骸を見て哀しむことすら許されないのかと思うと、生まれた時代を恨まずにはいられませんでした。


君がいなくなった
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