その男、今吉翔一は“不老不死”を求めていた。なぜかと聞かれても特に理由はない。ただ、悠久の時が欲しかった。

しかし、現代科学でも魔法学でも、人類が不老不死を見付け出すことは未だできていない。
自身が魔法学の研究者であり、魔法使いでもある今吉は日々『永遠』を探し求めていた。



意外なことにも、その転機はあっさり訪れた。


不老不死の研究が始まってすでに180数年、今吉自身が研究を始めて12年の歳月が流れていた。

人類は未だ発見できていないものの、とある猫の一族ー化け猫の一種で、成長すると猫耳の生えた人の形をとるーが不老不死の魔法が使えることが判明した。
その猫が今吉の前に現れたのだ。



その日の夜、雨が降りしきる中寂れたパブが立ち並ぶ道を今吉は歩いていた。特に用事があったわけではなく、ただ何となくそう言う気分だったのだ。

そんな今吉の前に突然一匹の猫が現れた。薄茶色の毛は雨に濡れているが、ツヤツヤと輝いて見える。口には仔猫をくわえていた。
そして、今吉の足元に仔猫を置くなり話し出した。


「すみません!あの、おにいさん。お願いがあるんですけど…」

猫が話し出すとは思っていなかったので一瞬身を強張らせたが、すぐいつも通りになる。


「なんや、いきなり。お前一体誰や。」
「す、すみません!名乗りもせずに。えっと、僕の名前は良です。こっちは妹のなまえ。
僕は今、とある王様づきの魔法使いさんに仕えてて…その人、女嫌いなんです。成長したらなまえも女の人の形になっちゃうから、育ててくれる人を探してるんです。
いきなりこんな厚かましいこと言ってすみません!でも、本当に困ってるんです…
あの、なまえを育ててくれたら何でも一つ願いを叶えます…まだ半人前ですけど、お礼くらいはできます。その、考えていただけますか?」


今吉は途中からほとんど聞き流していた。“人の形になる”…まさに不老不死の魔法を持った猫が今、自分の目の前にいる。このチャンスを逃す手はない。

「ほんまに、何でも叶えてくれるんやな?」
「もちろんです。」


その場で大きな目を潤ませて話す良をひたと見据えて今吉は言う。



「不老不死。永遠の命が欲しい。」


良がもともと大きな目をさらに見開く。


「…できなくはないです。でも、とてつもなく大きな代償を払うことになりますよ。」
「なんやそれ。」


自分が聞いた話にはそんなの無かった。


「たとえ数百年、数千年生き長らえても、老いることがなくても、愛するものが死んだ時。それが寿命です。真の永遠が欲しいなら人を愛することはできなくなります。」
「かまわんわ。愛とか…興味ない。」


自分が欲しいのは永遠のみ。


「ああっ、なまえを育ててくれるのにすみません!おにいさんがいいなら大丈夫です。
えっと、じゃあやるのでじっとしててください。」


良が今吉の周りをぐるぐる回る。何か呪文のようなものを口ずさんでいる。



突然、周囲がはっきり見えた。視界がクリアになった気がする。


「あの、どうですか?周りがよく見えるようになったと思うんですけど…」
「ああ、なんやよう見えるわ。これで不老不死か?」
「はい、そうです。それじゃあなまえをよろしくお願いします。」


寝ているらしい仔猫を見つめて一言何か呟くと、現れた時と同じように突然いなくなった。


「さて、こいつをどうするか…」


とりあえず足元の仔猫を拾い上げる。
良と似た薄茶色のふわふわした仔猫。この一族はもともと長命だという。永遠を手に入れた自分をどのくらい楽しませてくれるか。


「ワシと一緒に暮らすか?お嬢ちゃん。」


仔猫は答えるようににゃあと鳴いた。


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閉めたカーテンの隙間から差す朝日で目が覚める。自分の腕の中で眠るなまえのあどけない寝顔を眺め、幸せを感じた。


不老不死を得てから数え切れない時をこの猫と共に過ごしてきた。
愛など自分には関係ないと思っていたが、まさかなまえを愛することになるとは思わなかった。


愛に対して淡白な考えを持っていた自分を変えたのは、間違いなくなまえだった。



なまえが人の形になって数十年、あの良と言う兄猫から預かってからは半世紀の時、2人で住むには広すぎる気もしたが、人里離れた小高い丘の上の屋敷に住み始めた。


その場所で幾つもの時を超え、幾人もの友人がこの世を去っていくのを見てきた。
中にはお世話になった師匠や、逆に世話をした弟弟子達もいた。


当時、恋愛そのものには興味が無かったものの、人並みに感情はあったので泣いたりもした。

そんな時一緒にいてくれたのはなまえで、永遠の時が流れるのを待つだけの自分を楽しませてくれるおもちゃのような存在だったこの猫に対して、いつの間にか深い愛情を持つようになっていた。



相変わらず寝ているなまえの頭を撫で、額にキスを落とし、ついでに尻尾をするりと撫で上げてから一糸纏わぬその美しい肢体を抱き締める。



「…っん、」
「すまん。起こしてもうた?まだ寝とってええよ。」
「ううん、いい…だって起きてないと翔一さんの顔が見れないじゃない。」


そう言って自ら唇を寄せてくる。
なまえが自分からそういった行為をしてくるのは珍しいのでじっくりと堪能する。



今朝のように同じベッドで寝起きするのがいつの間にか当たり前になっていた。互いに何も着ていない朝もそう珍しいことではない。



しかし、2人で過ごすこの平和な生活がもうすぐ終わりを迎えることに今吉は気付いていた。


なまえに寿命が近づいているのだ。


外見こそ変わらないものの、生活の端々に衰えを見せていた。
広間にある猫脚のソファで横たわっている時間が長くなった。
睡眠時間も昔と比べればずいぶん長くなっている。
筋力も落ちてきているようだ。


なまえの寿命が近づいていると言うことは、自分にも間違いなく死の時が迫っているということだ。
すでになまえを愛しているのだから。


しかし、不思議と無念さはなかった。
共に暮らしてきた長い時の中で、この猫に愛を教えられた。どんな魔法にも敵わない、絶対の存在。それだけで十分だと思えた。昔の自分ではあり得ない考え方だ。



服を着て、遅い朝食をとった後。いつものように猫脚のソファでじゃれ合う。
今吉がなまえを膝の上に抱き上げ、髪を弄ったり、気まぐれにキスをあちこちに落とす。
それに答えるようになまえも手を伸ばして今吉の髪を弄り、頬を撫でたり、身を寄せて甘える。


そんな時間が愛おしかった。



猫は死期を悟ると主人のもとから姿を消すらしい。

なまえに聞くと笑い飛ばされそうだが、今吉にとっては大問題だった。


なまえの夜の闇を思わせる美しい瞳に最期に映るのは自分がいいと思うし、逆に自分が最期に目にするのは最愛の猫がいいと思っていたからだ。



結局、なまえは最期の最期まで自分のもとを離れずにいてくれた。



「ねえ、翔一さん。私、兄さんがあなたに私を預けてくれて本当に良かったと思ってる。」
「…そうか。」
「うん。だって、こんなに愛しい人とこんなに長い間、ずっと、片時も離れることなく一緒にいれたのよ?すごく幸せだった…」


そこまで言って、少し苦しそうに顔をしかめた。


「もう、喋らんでええから……」

「嫌よ。私が最期に口にするのは翔一さんへの言葉がいい。最期に耳にするのは翔一さんの声がいいし、最期に目にするのは翔一さんの顔がいい。最期に感じていたいのは翔一さんの体温。ね、抱き締めて?」
「……。」


無言でなまえを腕に閉じ込めキスをする。
考えていたことは同じだったのだ。


「なまえ、」
「何?」
「ワシな、子供の頃から不老不死になりたかったんや。理由は自分でもわからんかったけど。
せやけど、お前と暮らしているうちにわかったで。なまえ、お前に出会って、正しい愛を知るためや。くさいかもしれんけど、ほんまにそう思っとる。」
「…うん……ああ、もうダメだよ。泣いちゃうじゃない。最期は一番綺麗な私を見せるつもりだったのに。」
「なまえはずっと綺麗や。」
「ありがとう…あの日、兄さんから私を預かってくれてありがとう。
言いたいことはもっとたくさんあるのに……ありがとうと愛してるしか出てこないや…」
「ほんま……もう、ええから。」


どちらからなんてわからない。唇を合わせて、ゆっくりと味わうように、忘れないように…そして離れる。
なまえが今吉の頬に手を伸ばして触れる。


「翔一さんの目って本当に綺麗…この丘にきて初めて二人で見た夜空みたい。」
「なまえの目も。」
「ふふ、ありがとう…ねえ、また……会えるよね?」


そう言ってなまえは目を閉じた。頬から手が滑り落ちる。



ああ、逝ってしまった。



瞼の上にキスを一つ落とした。
この世で唯一愛した猫を腕に抱きかかえ、外へと通じる窓から一歩踏み出す。


明るい庭を歩き、初めから決めておいた2人で眠る場所へと歩を進める。


名前も知らない白い花を咲かせる木の下に2人で寄り添うように座った。


だんだんと瞼が重くなってくる。


「愛してるで、なまえ…」



最期に目に浮かんだのは、愛しい君との愛しい日々。


とある魔法使いの愛の物語
愛を知らなかった魔法使いは、永遠の代わりに愛を捨て、愛のために永遠を捨てた
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