残照を浴びて笑む
沖田総司side
帰宅後。
土間をのぞく。
「香耶ー」
奥さんがいない。
「礼司ー」
子供の声もない。
「どこか行ったのかな……」
室内から外を見ると、空が赤く染まっている。
いつもこの時間なら台所に立ってるか……そうじゃなくても家にいるのに。
「……香耶ー!」
いない。
浴室にも、庭にもいない。
いない……どうして!?
家の中をくまなく探してもいなくて。
緊張が身体を走った。
まさか……礼司をおんぶしたまま山菜でも摘みに山に入って、そのまま遭難してたり……。足でも滑らせて崖下に……なんて。嫌な想像ばっかり浮かんでくる。
僕は誰もいない家から飛び出し、いつもみんなが集まってる道場へと向かった。
僕と香耶以外のみんなは、だいたい道場に寄宿している。まるで試衛館にいた頃のように。
草履を脱ぎ捨てて戸を勢いよく開けると、まずそこにいたのは土方さんと山南さんだった。
「どうした総司」
「こんな時間に珍しいですね」
「土方さん、山南さんっ」
酷く動揺してあわてた様子の僕を見て、ふたりはただ事じゃなさそうだと表情を引き締めた。
「香耶が……香耶と礼司がどこにもいないんです!」
「なんだと?」
戸から夕日が覗き込む時間帯。早く香耶たちを探さないと、すぐに日が落ちてしまうだろう。
「沖田君、あまり焦りすぎないことです。近藤君や雪村君のところは探しましたか?」
「いえ……まだ」
例え近藤さんや千鶴ちゃんと話しこんでいたとしても、こんな時刻にはさすがに帰ると思うんだけど……。
「そちらも当たりつつ皆を集めるか」
「そうしましょう」
そんなふうにみんなが慌ただしく動き始めた頃……。
「……あれ? 香耶さんに礼司くん、こんなところで……」
「くぷー」
「すぴー」
道場の座敷で雑魚寝してる香耶たちが、千鶴ちゃんによって発見されるのだけど。
「あぁーっ寝過ごした!!!」
僕達がのんきに眠りこける母子を見つけて脱力していると、香耶は僕らの目の前でそう叫んで飛び起きた。
彼女は自分たちを囲む僕達を見て、きょとんと目を瞬く。
「あれ。みんなもお昼寝してたの?」
「ふっふっふ……そういうことにしておきましょう」
「ったく、人騒がせな……」
微妙に殺気立つ山南さんや土方さんに、香耶は顔を引きつらせる。
「香耶……」
「総司君までどうしたの? 汗だくだけど」
嫌な夢でも見たの? なんて見当違いなことを聞いてくる香耶に、僕はなんだかどうでもいい気分になってきた。
香耶を、彼女がだっこしてる礼司ごと抱きこんで、三人で布団に倒れこむ。
「僕も昼寝しよ」
「え、また!?」
よかった。
香耶も礼司も何事もなくて。
もしもふたりがいなくなったら……なんて、もう僕には考えられない。
幕末のあのころは、お互いいつ命を落としてもおかしくない場所に身を置いてたのに。心のどこかでちゃんと覚悟が出来ていたのに。
今はもう、この平穏も幸せも知ってしまったら抜け出せなくて。
手放したくなくて……。
「香耶がいなくなる夢を見たんだ」
「そっか。でも、現実の私はいなくならないから」
安心しなよって笑う君を。
僕は。
(2012/11/18)
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