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沖田総司side
香耶さんをいつもの寝室じゃなく座敷に連れて行く。
そこはすでに布団や布がたくさん用意されていて、千鶴ちゃんと近藤さんの奥さんのつねさんが香耶さんを出迎えた。
「いつの間に……準備万端だったの?」
「昨日おしるしがあったからね。数日中には陣痛があるだろうと準備してたんだよ」
「そ、そう……」
なんでそのことを女性陣は知ってて、旦那の僕は知らないのさ。
すこしふてくされた気分になるけれど、座敷の前で香耶さんから離れると、急に気持ちが焦りだす。
「さぁさぁ、沖田さんは外で待っててくださいね」
「君は気楽にしてなよ。たぶん一刻や二刻くらいじゃ出でこないと思うから」
「……うん」
おかしいな。産むのは香耶さんのはずなのに、彼女より僕のほうが緊張しているみたいだ。
「っあ゛〜」
「ほんとに大丈夫!?」
「大丈夫大丈夫。死にはしないよ。たぶん」
余計心配なんだけど。
ひらひらと手を振ってふすまの向こうに消えるその小さな背中を、僕はいつまでも見送った。
「……がんばって」
居間に戻るとみんなが騒がしく出迎えた。励まされたり質問されたりしたような気がしたけど、僕は終始上の空で。
羅刹。
不老不死の身体。
重篤な病。
香耶さんの身体はたくさんの問題を抱えてる。
離れた部屋から痛みに耐える声が聞こえて。
もしものことがあったら、なんて。
彼女の姿が見えないと、不安がどっと押し寄せてくる。
僕には何も出来ない。
他人の命を奪うことしかできない。
もしもこの業を、大切なものであがなう時が来るとしたら。
「どうか……」
刀を振るうだけで……他人の血を浴びるだけで、なにもかも守れたあの頃とは違うから。
僕はもっと強くなりたい。
香耶さんたちがいる座敷が騒然としだしたのは、もう日が落ちて月が高いところまで昇った頃だった。
「総司、」と誰かが僕を呼ぶのと、赤子の鳴き声を耳が拾うのとが同時で。
騒ぐみんなを背に、僕は素早く立ち上がって座敷へと走った。
「香耶さん!」
ふすまを開けると皆が笑顔で注目する。
「総司君、大丈夫だって言っただろう?」
ほらね、って疲れた顔して笑う彼女に、僕は心底安堵した。
千鶴ちゃんが産着にくるんだ赤子を慎重に香耶さんに渡す。
「どっちだった?」
「男の子です!」
「ん。ありがとう」
香耶さんは嬉しそうに笑って、僕に手招きする。それにふらっと吸い寄せられて、気が付いたら香耶さんの頭を抱きしめていた。
「香耶……さん、」
「うん」
「お疲れさま……」
「うん」
幼い頃から親の愛情なんて遠くのものだった。
僕は、知らなかった。
この両腕にすっぽりおさまるほどの儚い命たちを、愛おしいと、何物にも変えがたいものだと思う、こんな気持ち。
熱くって、優しくて。
香耶さんが、頬を撫でる僕の手に、華奢な手を重ねる。
「大きな手。今日からお父さんの手だ」
柄にもなく、僕の頬に涙が伝った。
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