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土方歳三side
俺が目を覚ましたとき、すでに函館戦争は終わっていた。
蝦夷共和国が瓦解したことに悔しさがないといったら嘘になるが……あれは徳川家を悼むための領地だ。完膚なきまで負けるほど戦って、そうして華々しく散ったのなら。新政府の奴らの脳裏に死ぬまで名を刻むことができたなら。それでいいと。
この日ノ本に、俺たちが血文字でえがいた墓標が。歴史と言う名の墓標が、残せたのなら。
それでよかったんだと、俺は自分を納得させた。
陸奥の隠れ家で、皆が固唾を呑んで見守る中、総司と香耶が三々九度を交わし、身内だけで小さな宴会を行った。
あいつららしい、こざっぱりした祝言だった。
その後、皆で話し合った結果、すぐに隠れ里へ移動するのではなく、香耶の出産までは試衛館に居候することになった。
近藤さんに、山南さん、総司、斎藤、平助、左之助、新八、千鶴、そして香耶に、俺。隠れて移動や居候するにはちと大所帯過ぎるが。
未だに足が不自由な俺は、道場の手伝いをするでもなく、日ノ本縦断してた頃の多忙さが夢のような、隠居暮らしのような生活を送っていて。
必然的に、屋内で何か編み物のようなことをしている身重の香耶と一緒にいることが多くなった。
「歳三君、暇じゃない?」
「おまえこそ朝以来この部屋から出てねえじゃねえか。牛になるぞ」
「うるさいな」
縁側に並んで座る俺たちはまるで夫婦みたいだ。総司にでも見つかったら何を言われるか……。
「……今度は何を編んでるんだ?」
「あみぐるみ〜」
言いながら、香耶は俺に作りかけの人形を見せる。
こいつは大層手先が器用だと、ここ最近で嫌ほど思い知った。俺たちが常識として知っているようなことは何もできねえくせに。
「ん〜飽きた。庭掃除でもしようかな」
「……俺も少し歩くか」
大きく育った腹を抱えて竹箒を手にする香耶に、俺も歩調を会わせてついて歩く。
箒を持って意気揚々と落ち葉の上に立った香耶は、しかししばらくもしないうちに掃除の手を止めた。
「……どうした?」
「……やば」
箒を引きずって縁台に手をつく香耶の様子は……尋常じゃない。普段、弱音を他人に見せるような奴じゃないから。
「辛いのか、香耶」
「うぅ……うー…」
「お、おい大丈夫か!?」
「痛ぅぅ……」
「まさか……」
ふと脳裏に浮かんだ、陣痛、の文字。
俺の表情を見て察した香耶が苦く笑った。
「……その、まさかだったりして」
「総司───っ!!」
俺としたことが、頭が真っ白になった。
庭先で香耶を支えて声をかけるしか出来ない俺は情けねえ。
俺の脚がこうも不自由じゃなければ……。いや、香耶さえ無事だったら俺はどうなってもいい。
俺の怒鳴り声で皆が集まってきた。
香耶のこの様子を見て、総司が真っ青になって駆け寄った。
「痛いの!?」
「……大丈夫だから騒ぎ立てないで……」
痛みに慣れたのか波が引いてきたのか、自分の足でしっかり歩いて屋敷に戻ろうとする彼女を、総司が付き添って歩く。
やれ産婆だ女手だと走り回る近藤さんたちを横目に、俺はさっきまで香耶がいた縁台に腰掛けて、祈るように空を見上げた。
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