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沖田総司side
函館戦争は終わった。
年末に蝦夷に上陸した旧幕府軍は約三千人。開戦の時には約二千人だった。
それに対し、新政府軍は約五万人を投入した。最初から勝負は決まっていた。
明治二年──
四月九日、新政府軍は蝦夷地上陸を開始する。
五月十一日、新政府軍が函館総攻撃を決行する。
五月十四日、弁天台場の旧幕府軍が降伏する。
五月十八日、最後の砦である五稜郭も降伏し、ついに旧幕府軍の戦争は終結する。
結局、弁天台場で降伏した山崎君たちを除き僕達は、全員死亡した……ことになった。
負傷した土方さんを含めた僕たち一行は、風間やお千ちゃんの協力で、七月に本土へ帰ることが出来た。
港ではお千ちゃんや千鶴ちゃんが、待ちきれないといった表情で嬉しそうに手を振っていた。
「香耶ー!」
「香耶さん、皆さん、お帰りなさい!!」
隠れ里を出て陸奥に移っていた近藤さんたちも、僕達を笑顔で出迎えた。
「お、おまえ、香耶か!?」
「すっかり妊婦だな」
「すげーなーその腹」
「うわぁみんな久しぶり!」
「ちょっと、待って香耶さん!」
重い荷物を抱えるようにしておなかを抱え、みんなのもとへ走ろうとするのもだから、あまりに危なっかしい。
香耶さんの肩を羽交い絞めにして、無理やりそばに引き止めた。
「なにをする!」
「てめぇは走るな。ぜってえ転ぶ」
土方さんが僕の気持ちを代弁して香耶さんの頭を押さえると、香耶さんは頬を膨らませてしぶしぶ大人しくなった。
土方さんは未だに足の怪我が癒えず、杖をついて歩いている。
その歩調に合わせるように、僕も香耶さんの手を引いて、ゆっくり歩き出した。
「……香耶の周りは騒がしいな」
「沖田君も苦労しますよ。あれは」
穏やかな顔をした薫と山南さん。異色の二人が笑いあう。
土方さんには近藤さんと一君が、怪我を気遣うように駆け寄った。
「トシ、生きていてくれて良かった」
「……土方さん」
「俺たちは亡霊になっちまったがな。近藤さん、斎藤。無事でよかったよ」
近藤さんは感極まって涙ぐんだ。
こんなふうにみんなで笑いあって、また集まることが出来るなんて、僕だって思わなかった。
きっと誰も思わなかっただろう。香耶さん以外は。
「香耶、これからどうするつもり?」
「んー……千は、京に帰るつもりなのでしょう?」
「ええ……」
でも、とお千ちゃんは心配そうに香耶さんを見る。
きっと香耶さんの行き先も心配だし、もう会えなくなるかもしれないことも気がかりなのだろう。
そこで、ふと離れたところにいた風間を、香耶さんが振り返る。
「千景君は?」
「……俺たち鬼は二度と人間に関わるつもりはない」
「そうね。京に棲む鬼は特別だけれど……元来鬼の力は強大で、人間にとっては脅威に感じるものだから」
……だから人間から隠れて暮らさなきゃならない。鬼の宿命も厳しいものだ。
彼らの話にみんな注目する。
「今回の件に関わった俺たちを野放しにするほど奴らもお人よしではない。必ず手を伸ばしてくる。その前に西に帰り、姿を消す準備をする」
こくりと香耶さんがうなずいた。
「私たちもまた、皆死んだ人間だ。だからほとぼりが冷めるまで隠れて暮らそうと思ってる」
「そう……」
「実は私、この日ノ本には結構土地を持ってるけど、その中でも、僻地だけど実りが良くて、温泉が出る素晴らしいところがあるんだ」
「え?」
「だから、たまには遊びに来てね、千!」
「え、……ええ、わかったわ!」
それは、お千ちゃんには居場所を明かしておくということだ。
「千景君も!」
「……いいだろう。香耶には次に俺の子を産んでもらわねばな」
「なに言ってんの!?」
「そんなに門前払いがいいみたいだね」
「総司! 気持ちはわかるがこんなところで刀を抜くなよ!」
いけないいけない。身重の香耶さんにこの殺気はよくないよね。
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