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月神香耶side



私の年明けは体調不良と共に始まった。

「うぇ〜気持ち悪……」

朝餉がほとんど咽を通らず、しかも厠のそばで倒れているところを総司君に発見されて、月神家は大騒ぎになっていた。



「香耶さん、おなか痛くない? 頭は?」

「……痛くない」

布団に寝かされる私を前にすっかり狼狽した総司君は、仕舞いには敬助君に診察の邪魔だと座敷から追い出された。
敬助君は、私の熱を測り、脈を取って、難しい顔をする。

「どうしたの」

「……香耶君、最後に月の障りが来たのはいつですか?」

「えっと…………去年の……九月か、十月…かな?」

はっきり覚えてない。だいたい生活様式が変わるにつれ生理は不順になっていたから。
ただ、その質問の意図をなんとなく察して、私の顔からさっと血の気が引いた。

「私も専門家ではないのではっきり言えないのですが……悪阻ではないかと」

「つっ……つわりぃい!!?」



目からうろこが落ちた。

つわり。妊婦が妊娠2〜4ヶ月頃に、悪心・吐気・食欲不振を起す状態。

私は自分が妊娠できる身体だとは思っていなかった。



「香耶さん……それ、本当?」

その声に振り返ると、唖然とした様子の総司君の姿。それを見ながら、祝言より妊娠が先になってしまったなーなんて、ぼんやり考える。
なんのふくらみも無い自分のおなかに手を当ててみるけれど、この中に新しい命がいるなんて、なんだか不思議な気分だ。



「私、不老不死の身体なのに……」

「子供ができれば貴女の身体の都合に関係なく成長するのかもしれません。……とにかく、注意深く経過を見なければ」

「う、うん……」

「香耶さん」

総司君はつかつか歩み寄ってきたかと思うと、必死な形相で私を布団に押し戻す。

「寝て」

「え? いや……」

朝なんだけど……

「じっとしてて。お願いだから!」

「……はい」

いままで散々心配させてきたせいか、総司君には半端なく心労をかけているみたい。なんか悪いことしたな。



「……総司君?」

「香耶さん……」

総司君は布団の上に覆いかぶさったまま、ぴたりと動かなくなる。
何かを思いつめるような表情をするものだから、私はだんだん不安になってきた。

ここに来て混乱していた頭も冷えてきて、妊娠発覚のタイミングがかなり良くないことにもようやく気付いた。

「……どうしよう、函館戦争」



三月下旬、四月にも、この蝦夷地に新政府軍が押し寄せてくる。歳三君を救出する機会を図るためにもこの函館は離れられない。



「……土方さんは僕らで何とかするから。香耶さんは自分の体のことだけ考えててくれる?」

「そうですよ。ここまで準備したんですから、あとは我々に任せて、香耶君は安静にしていてください」

「……うん」

そうは言うが、しかしここで私が作戦から離脱するのは痛手だ。三人と言う人数は作戦に必要な最低限の人手なんだから。



「香耶さん、」

考えに没頭していたところで、総司君に引き戻された。冷えた手で額を撫でられ意識が覚醒する。

「君はなんにも心配しなくていい。君のためなら何でもしてあげるから。だから……」

懇願するような目線から、私は目を離せなくて。



「無茶は絶対しないで」



力をこめて強調された言葉に、うなずくことしか出来なかった。

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