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月神香耶side



九月八日。元号が“明治”と改元された。

そんな明治元年十月。
私たちはいち早く蝦夷へ渡った。旧幕府軍が渡ってからでは、渡航が制限される可能性があったからだ。
結構ハードな行程だったにもかかわらず、総司君も敬助君も文句ひとつ言わずについてきてくれた。

函館で古家を借りたら、すぐに冬支度をしてとりあえず生活の基盤を整える。旧暦で十月中旬ともなれば、蝦夷は厚い雪に覆われた。

その間に旧幕府艦隊もまた蝦夷地に上陸する。
すでに新政府軍によって行政が執り行われていた函館府(五稜郭)を占拠した旧幕府軍は、唯一蝦夷地にあった藩、松前藩の松前城に向けて進軍を開始。
宇都宮城以来の城攻めで、土方軍は勝利を収めるのだった。




蝦夷共和国建国に沸く年末。
千や近藤さんたちが滞留する隠れ家から、ある知らせが届いた。

「どうしたの香耶さん? いやらしい顔して」

「いやらしい顔って!」

にやにやしていたのを見られたらしい。手に持っていた手紙を総司君がのぞきこむ。
敬助君も私の手元を見て口を開いた。

「鬼の姫君からですか?」

「そう。千鶴ちゃんと薫君を見つけて拾ったんだって」

「ふぅん。拾ったって、どこで?」

「仙台」

「土方君はあのふたりを置いていったということですか」

「歳三君ならそうするだろうね」

あれでいて優しいとこあるし。素直じゃないけど。彼らはこの蝦夷の地で果てるつもりだからね。
これで、残る問題はこちらだけとなった。



「でも土方さんが治める国で暮らすって、変な感じだよね……」

「我々庶民の生活はあまり変わりばえしませんけどね」

「新政府軍も雪中行軍はさすがに嫌なんだろうね」

「つまり、香耶さんの考えでは、雪が溶ける頃に新政府軍が攻めてくるってこと?」

「ま、そういうこと」

決戦はきっと、桜が咲く季節だ。



「私たちがこんなところに潜伏していると知ったら、土方君は怒るでしょうね」

「生きて帰れたらいくらでも怒られてあげようじゃないの」

あのげんこつは勘弁ねがいたいものだけど。



私たちがこの冬を越えるため用意した隠れ家は、弁天台場が程近い港町にあった。函館市内といえば函館山と三方を海に囲まれた土地で、攻めるには難しい場所と考えられているが……
私が生まれた時代では、この函館山から百万ドルの夜景を見下ろしたものだが、この明治で見下ろせばなんともものものしい。未来の函館は私の好きな街のひとつだったから、感慨深さもひとしおだ。

「今度は五稜郭にも足を伸ばしてみようかなぁ」

「香耶さん、土方さんに見つかっても知らないよ?」

明治元年はこうして暮れてゆき、私たちは、決戦の明治二年を迎えるのだった。

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