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沖田総司side
僕が求める姿はすぐに見つかった。
緩やかに波打つ銀色の髪は、短く切りそろえられていたけど。
「香耶さん!」
咽が張り裂けんばかりに名を呼んだ。
髪を揺らし、振り返った彼女は、僕の声を聞いて、僕の顔を見て、その空色の瞳を大きく見開いた。
周りなんか見えなくて。
香耶さんから目を離したくなくて。
彼女が、泣きそうに微笑んだから。
腕を広げ、その柔らかくて小さな身体を抱きこんだ。
「会いたかったっ……」
髪で隠れていた耳に唇を寄せて囁く。
腕の中で、ぴくりと反応する香耶さんが愛おしくて。
僕があまりに力をこめるから、彼女が苦しそうに息を吐く。
それに気付いて、少し腕を緩めると、香耶さんも僕の首に腕を回した。
「私……も」
そっけない言い方が、香耶さんらしいな、と思って、滑らかな頬に顔をすり寄せる。
彼女の頬は、濡れていた。
「ずいぶんと思い切ったことをしましたね」
「あはは……みんなに言われるよ」
山南さんの呆れたような目線に、香耶さんは空笑いしながら耳の下の毛先をもてあそぶ。
その頭をふわりと撫でたのは近藤さん。
「香耶君は美人だから、断髪も似合っている」
「ありがとう!」
香耶さんは、説得のために近藤さんの目の前で髪を切り捨てたって聞いた。だから、近藤さんなりの罪滅ぼしなのかもしれない。
「さて、これで歳三君以外はあらかた集まったことになるわけだけど……」
と香耶さんが見回す視線の先には、近藤さんをはじめ、山南さん、一君、新八さん、左之さん、平助、僕と、新選組の主だった幹部がそろっている。そして一応話しだけ聞きに来たというお千ちゃんと君菊さんも、僕達の輪に耳を傾けていた。
「この中から北に向かうひとを選抜しまーす」
「北に向かうだぁ?」
「選抜って、みんなで行かねえのか」
彼女は新八さんたちの抗議にうなずいた。
「まずね、確実に死んだことになってる近藤さんと一君は、この隠れ里を出ないで欲しい」
「待て。それはあんたも一緒だろう、香耶」
「それはそうだけど……。じゃあ仮に私以外のみんなで行ったとして、どこに何しに行くかわかるわけ?」
「いや、そりゃ……」
まぁ、香耶さんが行かなくちゃ意味無いことは分かるけど……。
「香耶さんが行くなら僕も行く」
「俺も!」
「なら俺も行くぜ」
次々とあがる声に、香耶さんは皆を落ち着かせるように手のひらを向けた。
「待て待て。私以外に連れて行けるのはせいぜい二人だ」
「ちなみに、行き先は?」
「北海道……蝦夷だね」
「「「蝦夷ぉ!?」」」
彼女は鷹揚にうなずいた。
「詳細は追い追いね。近藤さんと一君以外のみんなの中で、ここに残ることを希望する人は挙手して」
沈黙。つまり、みんな行きたいってことか。
「んー……じゃあ次の質問。歳三君を助けに行くとかめんどくさいって人は挙手」
うっ……ちょっと手を挙げそうになるけど、ここは黙って耐える。だって手を挙げちゃったら真っ先に置いていかれるもん。たぶん。
「……次。新政府軍は絶対に倒すべき敵だと思う人ー」
「「おう!」」
ちらほらと手が上がる。
僕は……状況によるかな? それこそ鬼の彼らはこうして助けてくれたわけだし。必ずしも敵とは限らないと思う。
「……次。誠の旗を踏みにじるようなことは許せない」
「「あたりまえだぜ!」」
香耶さんの言いたいことが……よくわからないな。
ただ、これから新政府軍の目をかいくぐっていくには、それも必要になってくるかもしれない……
香耶さんはしばらく考えるそぶりを見せ、そして。
「ん……総司君と敬助君。一緒に蝦夷へ行こうか」
「えぇー!」
「うむ。このふたりの共通点は、一度も手を挙げなかったことだな」
「ふたりとも聞いてなかっただけかも知れねえだろ?」
新八さんのそんな言葉に山南さんが、まさか、と首を振る。
「失礼な。ちゃんと聞いていましたとも」
「そういうこと」
喧々諤々とうるさいなか、一君が憮然と口を開いた。
「香耶。誠の旗を踏みにじることが許せないか、許せるかの質問の意図を問いたい」
「んじゃここで答えあわせね。
まず一番最初の質問で、みんな蝦夷に同行したいってわかったよね。もちろんその一番の目的は、歳三君や千鶴ちゃんたちの命を救うことだ。これに賛成しかねるものは連れて行けない」
「ああ」
「もちろん歳三君にだって公然には死んでもらうことが前提となる。蝦夷で彼らが死ぬことで、この政変も終結を迎える」
その話に左之さんたちが眉間をしかめてうつむいた。
「結局新政府軍が国を治めることになるのか……」
「新政府に逆らった逆賊として、新選組も終わりを迎えるだろう」
「それは……」
「私たちは死んでただの人に生まれ変わる」
「え?」
皆の視線が注目する中、香耶さんは口元に薄く笑みを浮かべてまぶたを閉じた。
「一人の人間にもどったら、民として…弱きを護る武士として新しい国を眺めて暮らせばいい。
そのために現在の佐幕派の象徴でもある、新選組という組織に引導を渡すことが必要だ。
戦のさなかに総大将の歳三君に戦死……つまり棄権してもらえば、新選組は瓦解。残りの旧幕府軍も降伏するだろう。当然そこに歳三君の意思は存在しないし、残った隊士の命がけの決意を無駄にする作戦になる。
これは……新選組が大切にしてきた道理や誇りを踏みにじる汚れ役なんだ」
そうして目線を上げた彼女の瞳には、どんな未来が見えているのだろう。
「なるほど。歴史を捻じ曲げ人の命を救うのならば、そのくらいのことはあたりまえ、ということですね。確かに私たち向きの任務ですよ」
そう言う山南さんは、なぜか誇らしげに見える。
「僕は香耶さんの邪魔をする人を斬るだけだよ」
「総司……おまえなぁ」
一君は、瞳を閉じて香耶さんの言葉を噛み締める。
「……あんたはその汚れ役を、今までひとりで担ってきたのだな」
「そうやって俺たちの命も助けられたのだから、文句は言えまい。次は幕府ではなく香耶君に恩を返さねばな」
「その必要は無いよ、近藤さん。もともとは私の気まぐれで始めたことだ」
だから恩を感じる必要は無い、と言うけれど、その言葉には隠された真意があって。
「ふぅん。もともとは気まぐれなら、今は?」
わざとそんなふうに問いかけると、香耶さんはちょっと照れた様子でそっぽを向いた。
「今は……みんなが大好きだからだ!」
僕はわかってたけどね。そのくらい。
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