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沖田総司side



香耶さんは、やっぱりもうすでに会津に行っていた。
君菊さんの話では、会津に残る一君をさらいに行ったらしい。

……なんで一君? 僕の心配をもっとしてよ。香耶さんに会ったら、拗ねて、甘えて、もう離れないでいよう。

そんな密かな決意を胸にいだきつつ、君菊さんの案内で僕達がたどり着いた先は、東北の山あいの……場所ははっきりしないけどひっそりとしたところだった。
古い、倒壊まぎわの建物が点在する、集落跡。草木が生い茂るそれを抜けると、視界が一気に開けた。


「……は、」

「これは……凄いですね」

遠く眼下に海を望む絶景の村があった。
村……と言うには、住めそうな家らしき建物は三棟ほどしかなく、その建物もまた古く、最近改修したような名残が見られた。

「香耶様が昔、日ノ本を旅しておられたことはご存知ですか?」

「ああ、そんなことを以前土方君から聞きましたね……ではこの土地は、そのときに香耶君が見つけたものですか?」

「はい。香耶様は遥か昔から、この日ノ本で政変が起こることを予知しておられました。ですから、いつ何が起こってもいいようにと考え、我々と共にこのような隠れ家を日ノ本中に所持しているのです」

……香耶さんってすごいな。
なんて、僕からは子供みたいな感想しか出てこない。普段面倒くさがりなくせにずいぶん用意周到だから。それだけ、香耶さんはこの戦争に注意を置いていたということだ。

「あの一番大きな棟を新選組のみなさんでお使いください」

と言って指差したのは、確かに一番大きいけど損傷も一番激しい建物だ。

「残りの家は?」

「村の入り口に近い棟は我が姫様がお住まいになられています。崖側の棟は風間が」

「ふぅん…………ん?」

至極なんでもないように説明するものだから聞き流しそうになったけど……今、聞き捨てならないことを聞いたような気がした。

「……なんで風間までいるの?」

「それは……」

そのとき、聞き覚えのある声が割り込んだ。

「風間なら今はいないわ。あいつも逸れ鬼になるわけにもいかないから、たまに下の鬼や人間のもとへ顔を出しに行ってるのよ」

振り返ると、そこにいたのは京で見たとき以来の懐かしい顔だ。

「お千ちゃん……僕が訊いてるのはそういうことじゃなくて」

「仕方ないじゃない。板橋刑場に殴りこんだ香耶を助けたの、風間だったんだもの」

「ほう。詳しくうかがいたいものですね」

つまり……山南さんの予想は当たってたってことだ。

「でも風間が会いに行く人間って新政府軍の幹部とかでしょ? こっちの情報を流されたりしない?」

「あいつならそれは無いと思うけど。香耶にそう約束したからね。風間は一度交わした約束を破らないわ」

特に香耶と交わした約束なら……と苦笑するお千ちゃんに、僕はなんだかいらついた。
僕は香耶さんにまだ会えてないって言うのに……。



「まぁ、だからと言って逆に旧幕府軍に新政府軍の情報を流したりもしないだろうけど」

「奸計を用いるような人物ではないと?」

「お堅い奴なのよ」

言った彼女の表情は、以前と違い、風間のことを嫌悪しているような感じではなかった。

実のところ、今の僕にも、それほど奴にどろどろな悪感情があるわけではない。香耶さんに群がる厄介な虫のひとりだけど。
彼女を誘拐したときは腹が立ったけど、島原でも、花見のときも、香耶さんがひどい目に遭うようなことはなかったから。

でも油小路の変で直接風間と対峙していた山南さんは、狐に摘まれたような表情をしていた。




話し込む三人から離れ、村の中を歩く。
僕らにあてがわれた家を覗きつつ、裏庭に回ると……

「──!!」

「総司じゃないか! 久しぶりだなぁ」

「近藤……さん!?」

「俺もいる」

「一君……」

ふたりが畑仕事をしていた。



「なんでここに……?」

「ああ、これか? 香耶君が冬までここに滞在すると言ったから、こうして冬野菜の種付けの準備をしているんだ」

そういう意味じゃなくて。
額に汗してからからと笑う近藤さんに、僕はほぅっと息をついた。

「……生きていたんですね」

「うむ。俺は斬首が決まっても仕方の無いことだと思っていたのだが、刑場で香耶君に命を拾われてしまってな。
香耶君に新選組の顛末はあらかた聞いている。歴史の波にもまれもくずと化すだろう新選組や幕府は残念だが……しかし、命があれば、何をするも不可能は無いと言った彼女の言葉に納得したんだ」

「そうですか……近藤さんや香耶さんが処刑されたと聞かされていたので、とても心配していたんです」

「すまなかったなぁ。しかしそれは香耶君たちの計画も順調だということだ」

「自分を死んだことにすることが計画ですか?」

「俺だけじゃないぞ。そこにいる斎藤君も、会津の戦で戦死したことになっているだろうな。総司もいずれそうなるんじゃないか?」

「…………」

自分が死ぬってことを客観的に聞かされるのは妙な気分だ。

「総司、あいにくだが香耶は不在だ。今、平助と左之と新八を迎えに行っている」

「あの三人が一緒なら力仕事も大丈夫だろうと、香耶君は米を買ってくると言っていたがなぁ……」

心配そうに苦笑する近藤さんの気持ちが、僕にも解かった。
だってあのうるさい三馬鹿を連れて歩いてるのでは、いつ新政府軍に見つかってもおかしくないから。香耶さんにはあんまり危ないことしてほしくないな……。



「左之は甲府で香耶が綱道に捕らえられたことに責任を感じて会津に残ったらしい……」

一君の言葉に僕は眉を上げた。

「だから左之さんを許せって?」

べつに、香耶さんが元気で生きてるなら……。

「僕は香耶さんがいいなら、もう何も言わないよ……」

不本意ではあるけどね。



「ひーっもう着いただろ!?」

「がんばれーもうちょっと」

「まだ歩くのかよ〜! もう限界! 米重てーんだけど!」

「すぐそこだから」

「香耶、おまえその台詞何回目だと思って……!」

「ほんと。もうちょっとだから」

「まぁ、すぐ着くような場所じゃ隠れ家になんねえけどよ」



遠くから聞き覚えのある声が耳に届く。

「おお! うわさをすれば影が差す、とはこのことだな!」

近藤さんの嬉しそうな声を背に、僕は走り出した。

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