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沖田総司side
時は、会津の戦があった頃。
山道を歩く僕と山南さんの後ろを尾行している気配があった。
「山南さん……」
「わかっています」
めんどくさいな、と尾行者に毒づく。
僕達ははやく香耶さんたちを探さなきゃならないのに。
僕達は簡単な変装をしている。山南さんは髪を結い上げ、僕も髪を暗めに染めて町人風に。もちろん目立つ洋装は畳んで荷物の中に。刀は目立たないよう包んで背負う。
腰に刀がないと落ち着かない……けど、そんな贅沢言ってられない。新政府軍に見つかると、香耶さんを探すどころじゃなくなっちゃうし。
しばらくして僕達は道をはずれ、茂みをかき分け森に入る。
すると僕達をつけていた気配もまた森に入ってきた。
「───!」
「おや、貴女は……見たことがありますね」
「へぇ……」
僕達が沢を渡ってまちぶせすると、意外な人物が引っかかった。
そう。確かこのひとは……
「──君菊さん」
「流石で御座います。沖田さん、山南さん」
忍装束の彼女はずいぶん刺激的な格好だ。
……香耶さんにも着てもらいたいな。
「成る程。貴女なら変装した我々を見破ることが出来ても不思議ではありませんね。それで、何用ですか?」
山南さんは警戒をあらわにしている。たしかに、君菊さんが新政府軍の間者である可能性は捨てきれない。
……けれど、僕は山南さんとは間逆の、別の可能性に期待していた。
「鬼のお姫様に仕える君がこんなところにいるなんておかしいよね。たしか……お千ちゃんとかいったっけ」
「鬼の姫君ですか……」
「単刀直入に申し上げましょう。香耶様は姫様と一緒でいらっしゃいます」
「「!」」
その言葉に僕と山南さんは表情をこわばらせた。
やっぱり……
「香耶さんは……無事なの?」
「……はい。今のところ命に別状はございません」
「何、その含みのある言い方?」
「……。姫様はこれ以上、香耶様をあなた方に関わらせたくないと考えておられます」
「…………じゃあなんで君はここに来たの」
「しかし、香耶様のお考えはその限りではない」
それは……僕も知ってる。香耶さんは、たとえ自分の命が危なくなっても、新選組に関わることをやめないって。
「あなた方には、香耶様にもう戦地へと足を踏み入れにならないよう、説得していただきたい」
ぴくりと僕は眉を上げる。それがどういうことかも……そのまま香耶さんを放っておくことがどんなことかも、理解できた。
香耶さんにとって、僕達の未来を変えることはとっても大切なことだ。それが出来なければ、きっと彼女にこの世界に留まる理由が無くなる。
僕は、怖い。
香耶さんはもう時渡りはしないと言ったけれど、その能力をいまだ有している。……その能力が無ければ、彼女は不老不死ではなくなって、たちまち羅刹や血の呪いの吸血衝動に侵されてしまうだろう。
でも、この世界に絶望した彼女が、時渡りをしないという保証はどこにも無くて。
だからと言って彼女が戦場に行くのを止めないまま、万が一のことが、無いとも限らなくて。
二度と会えなくなる。そんなの、嫌だ。
僕は、死ぬことよりも、他の何もかもを失うことよりも、香耶さんを失うことが一番怖い。
「会わせて」
「沖田君……」
「香耶さんに会わせろ!」
「……解りました」
君菊さんにつかみかかるように声を荒げた僕を、彼女は嘆息してあしらい、そしてうなずく。
最悪を想像して微かに震えた僕の肩を、山南さんが励ますように叩いた。
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