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土方歳三side



近藤さんに香耶、そして山南さんに、総司。あの四人の消息がわからないまま、季節は春から夏へと移り変わっていた。



慶応四年八月。
東北地方の三十一藩によって奥羽越列藩同盟が結ばれていたが、新政府軍に攻められ次々と脱落していき、いよいよ奴らの攻撃目標は会津にしぼられていた。

八月十九日、新選組及び大鳥圭介の伝習隊は、会津藩兵と共に藩境の母成峠(ぼなりとうげ)の守備についた。会津は周囲が山に囲まれているので、敵がどの峠から攻めてくるのかわからない。そのため、藩境の十六の峠すべてに防御の兵を配置しなければならなかった。

しかし二十一日朝、この母成峠に数千の兵力を誇る新政府軍が攻め寄せ、圧倒的な兵力差の前に敗走することとなる。

会津はこれ以上戦えねえ。
俺たちは佐幕を掲げた奥羽列藩同盟の盟主国、仙台への北上を決めた。

だが、これに異を唱える者がいた。



「──俺は、会津に残ります」

「え……?」

斎藤の言葉は、雪村には唐突に聞こえただろう。



「俺は、微衷を尽くして生きたい。武士として信じた儀のために戦いたい。……会津の庇護なくして、今の新選組はありませんでした。だから俺は最後までここで戦いたい」



その言葉は。
恩義のために剣を振るうと言った、近藤さんの言葉に重なって、俺の心を揺さぶった。

「斎藤、おまえ──」

それは、新選組の名と共に、この地で死ぬつもりなのだと。

「土方さんは、生き残ってください」

告げる斎藤の目は真剣そのもので。

「……新選組は近藤さんや土方さんが、信じて築き上げてきた武士の道そのものだ」

新選組。
京を守り続けてきた時代から。どれほど敗走を積み重ねようと、幕府さえ官軍に頭を下げようとも、新選組には決して折れないものがある。

「新選組が掲げる誠の旗は、今や侍たちの拠り所になっています。新選組は武士を導くもの……、儀の道標です」

農民の出の俺たちが、今や武士の道標とはな。

「俺は新選組を作り上げた土方さんにこそ、道標を担い続ける義務があると考えています」

まったく。
近藤さんにも聞かせてやりたかったよ。

「……おまえに約束してやるよ。俺は、新選組の行く末を見届ける」

それが俺の役目だと。
あいつも。香耶も、言うだろう。でなきゃ今にも俺の後ろに現れて、その青い目で俺をにらみつけるはずだ。



香耶……。
こんなときなのに、おまえに会いたい。



予想外なことは立て続けに起こるものだ。

「……なあ、土方さん。俺たちも残ろうと思う」

そんな平助にうなずいたのは、左之助と新八だった。

「甲府で戦った羅刹隊に香耶が連れて行かれたのは、俺の責任だ……」

「左之助。あいつのことはおまえのせいじゃねえだろ」

「まぁ、もし、香耶が綱道の元で羅刹にされて、戦場に投入されるとしたら、近々でっけえ戦がある、会津をおいてほかにねえだろ?」

「それだけじゃないぜ。香耶のことだから、一君をひとりで死地に置き去りになんてしたら、勝手に一君を助けに行っちまうかもな」

……香耶が生きてりゃ、そうなるかもな。

「だからさ、会津の戦で香耶を探して、一君も助けて、その後新選組を追っかける。ぜってえ追いつくから」

そう言った平助の目は、強い意思を湛えていて。



「──わかった。おまえら、会津に残れ」

「おう!!」

こいつらが本当に香耶に会えるなんて、思っちゃいねえけど。
斎藤が生き残れるかもしれねえなら、いいだろう。

例え、ここで今生の別れになったとしても。

「平助君! 原田さん、永倉さん……!」

「千鶴、気をつけてな。薫、千鶴のこと頼むぜ」

「ふん。俺はおまえの命令なんか聞かない。香耶に頼まれたから千鶴を護ってるんだからな」

「素直じゃねえなー」

悔いることは、何もない。
俺たちは激戦地に赴く斎藤らを会津に残し、仙台へと旅立った。

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