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沖田総司side



「幕引き? ……つまり、新選組を終わらせることが香耶さんの望みだと言うんですか」

「栄枯盛衰は世の習いです。新選組も、そして徳川幕府さえも」

「だからって、なんでそれが香耶さんに繋がるんです?」

「私は、ずっと考えていたんですよ。香耶君がどうして、羅刹の…………おや?」

僕達は木々の生い茂る山道で足を止める。
ざわざわと嫌な気配に囲まれていた。



「──新選組のお二方ではありませんか」

「雪村、綱道……」

こんなところで遭うなんて。
道を塞ぐ敵兵達の向こうから、綱道は堂々と姿を現した。



「ほう。我々の前によくも顔を出せたものですね」

山南さんが眼鏡を光らせ、見下したように笑う。その笑みはなぜか嬉しそうにも見える。

「沖田君、朗報です。奴がこんなところにいるということは……せっかく捕まえた香耶君を逃がしてしまったということですよ」

「チッ……」

その言葉に綱道は顔を歪めて舌打ちした。
山南さんの挑発に腹を立てた綱道は、自分の周りを固める兵士達に突撃の命令を下す。

「へぇ、これが……」

「新型の羅刹、ですか」

向かい来る羅刹に向かって僕と山南さんも刀を抜いた。

「新選組の羅刹隊とどちらが勝るか、試してみましょうか?」

山南さんの合図で、周到にも近くに潜ませていた羅刹隊が飛び出してきた。



新選組の羅刹隊、対、綱道の新型羅刹隊。
山中とはいえ日中の戦いだ。
ただでさえ数の少ない新選組の羅刹隊は、またたく間に斬り殺されていく。

その様子を静かな瞳で見届けた山南さんは。



「私は、ずっと考えていたんですよ」

それどころじゃないって言うのに、独り言のように語りだす。

「香耶君がどうして、羅刹のことを欠片も語らなかったのか」

新型の羅刹の首をはねる。

「知っていたなら……ちょうど一年前も、彼女は羅刹に斬られることはなかった」

心臓を貫く。

「……彼女は、羅刹の存在を、知らなかった。そう考えれば辻褄が合う」

断末魔が耳をつんざく。

「たくさんの、無数の世界や、未来の世界や、歴史を知っている香耶君が、です」

血煙を全身に浴びて。


「……なぜなら、羅刹は、ここで私たちが終わらせるから」

「……なるほど」

かちり、と。僕の耳に届いた言葉は、枠にはまったように僕を納得させた。


新選組は、羅刹の存在とともにあった。
僕たちが研究の実験台にされること。それを香耶さんは、ずっと快く思わなかった。
それは僕たちのため? それとも人道にもとるから? ……そうじゃない。彼女は新選組の危機も浪士や隊士の人道にもとるやり取りも全部なりゆきに任せて、親しい者の名誉や命にかかわる時にだけ手を出してきたんだから。


だからきっと彼女にとって、新選組を終わらせるということは……。


「香耶君が紡ぐ未来。戦うことしか知らない羅刹たちに、戦いの場も残されていないというのなら──せめてここで私が終わらせてやりましょう。
歴史に残らずとも、私が背負って生きてやりますよ」

私は羅刹で、不老不死ですからね。
そう言って、山南さんは、笑って羅刹を斬った。




目の前に広がる光景に、愕然とする綱道。新型の羅刹がたった二人を相手に全滅するなんて、信じられないといった表情だ。

「君も、羅刹の研究をしていたなら……羅刹なら、わかるだろう? 更なる羅刹の研究を進めれば……羅刹の国を作ることも夢ではなくなる。人間の作る国など、滅ぼしてしまえばいいのだ!」

「……私も羅刹の研究のため、時に自らの手も汚しましたが……見えてしまったんですよ」

自嘲して、山南さんは、とうとう綱道に太刀を向ける。

「先が。香耶君の作る未来が」

その刃からは羅刹の血が滴り落ちる。何人もの、羅刹の血が。

「羅刹は時代の徒花なんです。生み出されてはならないものだった。けれど、香耶君だけは、いつも私に道を示してくれた」

生きろと。

「私はその道を生きて。香耶君のために命を全うしようと決めたんです」

「…………、」

山南さん……



その太刀が、綱道の首を切り裂く寸前。

ざしゅっ!

「ぐぁ……!!」

先に綱道を斬ったのは僕だった。



虚をつかれた顔をする山南さんに、僕は悪びれもせず肩をすくめた。

「いいとこ持っていきすぎですから」

「……沖田君」

命を背負う覚悟なら、僕にだって。
物言わぬ骸となった綱道を見て、山南さんは肩の力を抜いた。

「香耶君を探しましょうか」

「はい」


冷静になればわかる。
香耶さんなら、きっと北上した新選組を追いかけるだろう。


江戸に戻ったときは十数人ほどいた羅刹隊も今はなく、僕達はたった二人で北へと歩き出したのだった。

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