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月神香耶side
「化け物……死神だ!」
「銀の銃弾を持て!!」
耳障りな銃撃の音。
「ねえ。ゼロ」
こっちで道はあってる?
そう訊ねても、返事はない。
たった一人で立ちふさがる新政府軍を突っ切る。
今までは、それでも。どこかで一人っきりじゃないのだと、安心感があった。
失ってから気付く。
もう、ゼロはいない。
私の糧となったのだ。
ゼロは滅び、私はそれを犠牲に生き残った。
彼が、残る全ての力を使って、私をさいなむものを取り払ったから。
選んだのはゼロ。
だけど、そうさせたのは私。
その滅びを、踏みにじることは。無駄にすることは出来なくて。
「く……っは」
「斬れ!」
弾丸が身をかすめた。人垣を盾にすれば兵士達はつぎつぎと剣を抜く。
「死、んで……」
私は“狂桜”を持っていない。綱道の元から着の身着のまま逃げ出してきたから。
「たまるかぁあああ!!!」
だから、無我夢中で敵の刀を奪い取る。
目的地は……決まってる。
血に濡れる数多の亡骸を踏み越えて。
板橋刑場に乗り込んだ。
慶応四年四月三日。
下総流山にて新政府軍に包囲された近藤は、新政府軍に投降した。新選組の名をひた隠しにし、一幕臣を演じる作戦だったが……
自らの出頭で隊士たちの命を救う───近藤は自分の命などとうに頭になかった。
史実の通りなら、歳三君の助命嘆願工作が功を奏し、一度は釈放へと転ぶはず。
しかし敵軍の中に、大久保大和が近藤勇だと知る者がいて、正体を暴かれる。
私が床に伏せって時間をロスしてる間に、もう四月は中旬を過ぎていた。
運命の日。
四月二十五日。近藤斬首の日。
この日、近藤さんを救えるかどうかが、私の作る未来を決める、鍵になるだろう。
私は、立ち止まるわけにはいかない。
ゼロが、命をくれたんだから。
「───香耶!」
誰かが、私を呼んだ。
それは、細い細い蜘蛛の糸。
「……香耶、君……?」
牢獄の近藤さんは目を丸くした。
髭は伸び、髷は乱れ、着物は薄汚れていたけれど、近藤さんは元気そうだった。
いや、むしろ死にそうな顔をしているのは、私のほうかもしれない。
「なぜここに……君も、捕まったのかね?」
格子の向こう。眉をひそめる視線の先には、全身血塗れで、ぼろぼろの衣を纏い、刃の欠けた刀を握り締める私の姿。
私が自分で言うのもなんだけど、まるで死を運んでくる死神のようだ。
そこまで考えて、ふっと笑ってしまった。
近藤さんに出会えたことに、安堵したのかもしれない。
命さえあれば、何も不可能なんてないから。
「近藤さん。貴方を、貰い受けに来た」
「しかし、俺は……」
逡巡する近藤さん。心配しているのだろうか。私を。新選組の行く末を。
建物の外が騒がしい。
その喧騒に、近藤さんは、はっと私の顔を見た。
「香耶君、戻りなさい。総司のもとへ」
「貴方がいっしょなら」
「香耶君!」
「貴方がいっしょじゃないなら意味ない……!」
感情が高ぶると、ぶわりと全身が総毛だった。
「……っその、姿は、」
私の血の色に変じた瞳を見て、近藤さんは蒼白になって絶句した。
「やはり、羅刹に……!?」
「貴方のせいじゃない……」
銀の弾丸にえぐられた傷が、じくじくと痛む。その血はぼとぼとと土の地面を赤く汚した。
それを見て、彼は何かを言いたげに私の顔を凝視する。
私は微笑んで、手に持った刀を振りかぶった。
「私と来て。貴方がうんと、わかったと言うまで、私は何度でも」
「香耶君っ……!」
刃を振り下ろし、ざくりと音がした。
白糸が舞う。
私の、腰まで伸ばされた銀髪。忌々しい色の髪。ゼロや、総司君が、綺麗だと笑って撫でた髪だった。
それを後頭部でばっさり切り落とした。
「覚悟を見せよう」
「…………、」
「貴方の命、私にくれるか」
もう彼から言葉は出なかった。
血だまりに沈む髪を見て、呆然と。
「…………策は、あるのか?」
「無策では来ないさ」
彼の出したその答えに、私は久しぶりに心から笑った。
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