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沖田総司side



香耶さんの声が聞こえた気がした。
悲痛な、叫びが。



「沖田君。近藤局長が……新政府軍に投降したそうです」

「なっ……!?」

その知らせを受けたとき、僕たちは江戸に潜伏していた。
山南さんは声を殺し、戸外の気配をうかがうように視線を外へと移した。

「……彼の身柄は板橋本陣にあるようですね」

その言葉を僕は愕然と聞いていた。
この辺りはもう新政府軍が占拠している。僕達がおおっぴらに動くことは出来ない。

「土方さんは何をしてるんです!?」

「落ち着きなさい沖田君。土方君は新選組を率いて北上を続けています」

「──新選組が滅んでないのになんで局長だけ投降するのさ!!」


頭に血が上る。周りを気にして声をひそめる余裕もなかった。
きっと……きっと、そう。


「土方さんが近藤さんを引き渡したんだ! あのひとならなんとでもできたはずなのに……っ」

ぱん!!

その瞬間、視界が揺れた。



一瞬何が起こったのかわからなかったけれど……頬がじんじんと熱い。
視線を前に戻すと、手を振り上げたままの山南さんの姿。

「私は土方君とは反目することもありましたけれど、彼がそんなことをするはずのないひとだということは知っています」

「さん、なんさん……」

僕はこのひとに、頬を張られたらしい。呆然とする僕に山南さんは諭す。

「ここで我々が話し合ったところで、真実などわかりはしないでしょう」

「…………」

「君が怒りに任せて吐き出した呪いの言葉は、いずれ君を傷つける。このようなこと、香耶君は…」

望むべくもない、と。



──……。

「……ごめんなさい」

頭が冷えた。

これ以上、香耶さんを悲しませたくない。たくさん、たくさん辛い思いをしてきた香耶さんだから。
香耶さんも、近藤さんも、助けたい。

僕の瞳に意志の光が宿ったのを見て、山南さんは表情を和らげた。

「私のほうこそ、すみません。殴ってしまって」




「香耶さんの居場所はまだわかりませんか?」

「ええ。江戸からは出されていないと踏んでいますが……。香耶君の髪色は珍しく、特に鳥羽伏見で戦った新政府軍の間では知れ渡っています。見つかればまず極刑は免れない」

「綱道にとっても危険な橋……」

「綱道なら香耶君を殺しはしないと思われます。我々は板橋刑場に向かいませんか?」

「それは……」

つまり、香耶さんを諦めて、近藤さんを助けに行くということ。

「諦めはしませんが。近藤君の処刑ともなれば重要人物も集まることでしょう。変装して情報を集めます」

山南さんの提案に僕はうなずいた。



『もし君が、近藤さんと私を天秤にかけなきゃならないときが来たら、迷わず近藤さんを選んで欲しい』



かつて、香耶さんに言われた言葉が、耳の奥にこだました。

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