163

月神香耶side



意識が浮き沈みしている。



「ハァッ、ハァッ……ッ」

時間の感覚がおかしい。
変若水を飲まされたのが、ついさっきのような気もするし、もう何ヶ月も前のような気もする。


私は布団に寝かされていた。
窓には格子。
出入り口はひとつ。
昼間でも薄暗く、空気はひんやりとかび臭い。
たぶん、蔵のような建物の中に私を閉じ込めているのだと思う。


水が欲しい。
意識をめぐらせれば、枕元にはなぜかたくさんの変若水。
飲むかこんなもん。
腕を振り回してそれらをなぎ払えば、壁に叩きつけられてことごとく割れた。


「ぐ……ぅ」


苦しい。
狂おしい。

真っ白な髪が汗ばんだ肌に張り付いた。
それにはっとして。

私は周りを見渡し、先ほど割った変若水のビンの破片を拾い上げる。
暗闇にかざせば。



蒼白の顔を浮き立たせるように、爛々と光る真っ赤な瞳。
羅刹が映っていた。



苦しい。
身体の中が作りかえられてるようだ。

ガラス片を強く握りこめば、当然肌が裂けて、血が出る。
傷ついた手のひらから、つっと滴った血液は、ぽたりと木の床に落ちた。



「な……んで!? なんで……っ」

愕然とした。
血が黄金にならない。

「……わたし、」

それが普通だった。
みんな受け入れてくれた。
それどころか、むやみに自分を傷つけるな、とまで言ってくれて。

それが、なくなることが。
こんなに悲しいなんて。
別のものになった私を、忌々しいと思う、なんて。



何かがそっと頬を撫でる。
それは、人の指。

『……香耶さん』

「ぜろ…」

私の涙に濡れる頬を、そっと拭って。



『苦しい、ですか』

「……うん」

『寂しいですか』

「うん」

『それでも、会いたいですか』

「……あいたいっ」


会いたいよ。

──総司君……


『僕では……、いえ。それは止めておきましょう』

「ゼロ……?」

黒髪の麗人。ゼロは、そっと微笑して、恭しく私の手をとった。
てのひらの傷は、もうすでに跡形もない。
そのてのひらに、ゼロは唇を落とす。

「なにして……」

『香耶さん』

その黒い瞳はまっすぐ私を映す。
化け物の私を。

『どんな容姿をしていても、香耶さんは綺麗ですよ』

「……ゼロが言うと、嫌味にしか聞こえないよ」

『そうそう。その調子です』

冗談ぽく笑う。
こんなやり取りを、ゼロは気に入っていて。



『僕は、きっとこの瞬間のために、永久とも言える悠久の時間を生きていたのだと思うんです』

「……ぜろ」



『貴女にかけられた血の呪いを、取り除きます』

「……、」

『……僕の、』


──全てで
貴女に生きて欲しいから

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