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沖田総司side



だん!



思いのほか音は大きく響いた。

僕が左之さんの胸ぐらを掴んで壁に押し付けた音だ。
はっと短く息を吐く音が聞こえたけど、聞こえなかったふりをしてそのまま左之さんに詰め寄った。

「すまねえ……」

「僕はそんな言葉が聞きたいんじゃない!」



甲府で敗戦した新選組は江戸に戻ってきていた。
近藤さんや、途中、散り散りになったみんなも合流した。

けれど、そこに香耶さんの姿がなくて。
またどこかで油を売っているんじゃないか、って思っていた矢先にこれだ。


「香耶は……綱道さんに連れ去られた」


許せない。
許せない許せない許せない。何もかも。

「総司、落ち着け」

土方さんのその言葉も聞き飽きるくらい聞いてきた。けれど、今の僕にはそれさえも許容できない。

「香耶さんをっ、助けに行かないと!」

新選組はこれから会津へ向かう。会津は佐幕派の拠点ともいえるところだ。近藤さんも、それに希望を見出して決めた。僕一人の意見で、その決定を覆すわけにはいかない。
なら、僕ひとりででも、行かないと。



「私も行きましょう」

そう言って僕と一緒に立ち上がったのは、意外にも山南さんだった。

「待ってくれ山南さん。敵は新型の羅刹だ。それに羅刹隊はどうする」

「私は香耶君と同じ、不老不死ですよ。羅刹の新型など敵ではありません。それに、土方君は羅刹隊の増強に反対なのでしょう? 羅刹隊は私が連れて行きます。厄介払いが出来てちょうどいい」

「誰もあんたを厄介だなんて言ってねえ!」

その土方さんの叫びに山南さんは驚いたような顔をする。
そして、柔らかく微笑んだ。山南さんのそんな顔を見るのは、久しぶりな気がした。



「すみません。私としたことがすこし焦っていたようです。香耶君を助けるために、新選組から羅刹隊をお借りしたい。どうかお願いします、土方君」

そう言って山南さんは頭を下げた。

「山南さん……あんたなんでそこまで、」

「………私とて、香耶君に幸せになって欲しいと願う、ただのひとりの男ですから」

「!」



その台詞に、その場に居合わせた全員が目を丸くする。それは僕も同じだ。

「ああ、勘違いなさらないように。香耶君には、沖田君と幸せになって欲しいのですよ。それが、私の願いです」

「山南さん……」

驚いた。山南さんにここまで言わせるなんて。香耶さん……。



話を聞いていた薫が苦い顔をしながら口を開いた。

「香耶は変若水を飲まされたって言ったよな? 綱道こそ香耶の血を使って羅刹を強化しようとしているんじゃないのか?」

「我々の血を飲ませても羅刹が不老不死になるわけではありませんよ。しかるべき試練を受けなければ」

「綱道はそれをわかってねえのかもしれねえ」

土方さんは少し考えて、僕と山南さんを見た。

「山南さん、総司。羅刹隊を率いて香耶と雪村綱道を探せ。綱道をどう処分するかはおまえらに任せる」



処分。その言葉を聞いて千鶴ちゃんが瞳を伏せる。
きっと仕方の無いことなのだと、自分に言い聞かせているんだろう。



「秘密裏にな。余計な敵に見つかって無駄に体力消費するなよ」

「大丈夫でしょう。羅刹隊を率いていくならどうせ夜にしか歩けませんからね」

僕と山南さんは顔を見合わせて、うなずき合った。



「命令だ。敵の羅刹を殲滅しろ。香耶は無傷で取り戻せ!」

「「はい!」」

土方さんに言われなくてもそのつもりだけど。僕は大事な人さえ護れればそれでいい。

でも、山南さんはきっと。
新選組の隊士でいることに矜持があるから。




しかし……この数日後、今度は近藤さんが敵軍に投降したと知らせを受けることになるなんて、僕は予想だにしていなかった。

香耶さんを助けるか。
近藤さんを助けるか。

そんなの、僕に選べるわけないのに。

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