160
月神香耶side
羅刹はことごとく私を狙ってきた。
左之助君や生き残ってる隊士も懸命に羅刹を蹴散らしているけれど……私なんか見捨てて逃げればいいのに。人がいいんだから。
それが起こったのは、今見えてる羅刹を五割がた片付けたころだった。
「……っ!」
私は疲れから足をもつれさせ体勢を崩す。その瞬間、斬り捨てた羅刹の血が目に入った。
「香耶!」
左之助君の心配そうな声が聞こえたけど……目が開けられない。
だというのに不思議だ。
羅刹は誰一人、隙だらけの私を斬り殺さなくて。
……そして彼らは私の四肢を押さえて地面に引き倒した。
草履が地面を擦る音が近づいてくる。これは綱道君の足音だ。
「待っていましたよ。この時を」
「なにを……ぐっ!?」
強い力で顎を押さえられて、口に何かをつっこまれた。
「飲みなさい」
「ごほっ、うぇ……!」
変若水だ。
「んっ…ぅ!!」
こうも囲まれ押さえられていては、吐き出すことなど出来なかった。抵抗もむなしく、私はその禍々しい変若水を嚥下する。
「香耶っ! ……ってめえ、香耶に何を!!」
「香耶殿は、血の呪い、そして不老不死という稀有な身体の持ち主だ。あなた方では宝の持ち腐れ。それを私が利用して差し上げようというのですよ」
「香耶は物じゃねえ!」
左之助君の怒鳴り声が、どこか遠くで聞こえるようだ。
私は無理やり目をあけて灰色の曇天を見上げた。
視界を血の色が蝕んでいく。
どくりどくりと身体じゅうが脈打っている。いつまでもそれが治まることはなくて。
『もとあった血の呪いと変若水の力が鬩ぎあっているんです……! 香耶さんしっかりしてください!』
だからこんなに、血が爆ぜるみたいに、苦しいのか。
あいかわらず頭の中に響いてくるゼロの声をBGMに、私の意識は闇へと引き込まれていく。
ただ……
──これが終わったら、祝言を挙げるから──
探しても探しても見つからない青空みたいに。
最期に、その約束が果たせそうにないことを、後悔した。
← | pagelist | →