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月神香耶side



刀vs新型の銃。

もちろんこちらにも大砲や銃器はあるけれど、性能に大きな差があるうえ、やはり旧幕府軍の主力は刀。
寄せ集めた兵士は、戦が始まる前から逃げ出している。敵の兵力は千四百名余り。それに対し鎮撫隊はわずか十分の一にも満たなかった。

歳三君は援軍要請に江戸へと駆け戻ったが、史実の通りなら、約束されていた援軍は反故にされ出兵されない。

結果の見えた戦いだ。



「近藤さん、撤退命令を出してくれ! あいつら、新型の銃を持ってやがる! 刀じゃ、どうやったって勝てねえ!」

「今、こちらの隊をぶつけたって無駄死にを量産するだけだ。幕臣は援軍を出してくれない。もどって立て直そう」

「……っ、皆のもの、退け! 撤退するぞ!」

左之助君と私の進言を聞き入れ、早い段階で近藤さんは撤退の命を下す。そのことに私はすこしほっとした。
先ほどから無意識に前線に出てる総司君の姿を探してしまう。そんな落ち着かない私の様子を、その場にいたみんなに悟られていたとは気付かなかった。



「しんがりはもちろん、十番組組長の俺が引き受けるぜ!」

観音坂に左之助君の隊を残し、甲陽鎮撫隊は敗走する。
近藤さんには千鶴ちゃんが、その千鶴ちゃんには薫君が付き添い、落ち延びる後姿を見送った。

『香耶さん、なんで逃げないんですか!?』

頭の中でゼロの抗議の声が響く。

「気になることがある」

それに短く応えて走ることに集中した。




私は左之助君のしんがり部隊に合流する。

「香耶!? なんで戻ってきた!」

「ごめん。私が足手まといになるようなら居ない者として扱ってくれてかまわない」

「……できるわけねえだろ、そんなこと」

険しい顔の左之助君を置いといて、私は街道の先を見据えていた。

ひとりの隊士が敵兵を斬り捨てる。
しかし。

「──なっ!?」

致命傷を負ったはずの敵兵は起き上がった。



「組長!」

「ありゃあ……」

隊士の焦った声音。左之助君も茫然と瞠目した。

でも、おかしい。
なぜなら今は昼過ぎで、奴らが活動できる時刻ではないのに。


羅刹……。


「な…んで、薩長が羅刹を……」

白い髪。赤い瞳。
私の脳裏には、新選組と関わることになった色んな出来事が去来する。常にその闇の部分にいた、生きる屍。




「……ふふふ、すばらしい成果です。この日が来るのを、ずっと待っていましたよ。私の可愛い子供たちが、白日の下、その力を存分に発揮してくれる日を」

剃髪の男が茂みを踏み分け現れた。

──雪村綱道……。
久しぶりだ。その顔を見ると、雪村の里を思い出す。

「香耶殿。その姿、変わりませんな。今はなき故里を思い起こす」

そうだね、とは言えなかった。
綱道君の笑顔にあるのは、懐郷の情ではなくて。
修羅の妄執。狂気、だったから。

私は瞳を伏せた。美しかった雪村の里を想いながら。



「千鶴ちゃんは、こんなの、望んでない。どれほど鬼に似せたところで、それは偽者にすぎない!」

「あの娘は何も知りますまい。強さこそ本物。本物こそ強さ。強さこそ、唯一無二の真実です。虎視眈々とこの国を狙うものたちを全て滅ぼした後は、──ふたたび、我々鬼の世がやってくるのです!」

戦う羅刹たちを見下ろして哄笑をあげる綱道君。
その歪んだ表情に、昔の優しい面影はかけらも見当たらなかった。



実際に綱道君の羅刹隊は、左之助君たち十番隊を押してきていた。
当然だ。どれほど斬りつけても起き上がってくるのだから。
左之助君は、戦場に出て行こうとする私を無理やり自分のそばに押し止めている。

「ちょ…なんで止めるの!!」

「馬鹿野郎! 女が出るもんじゃねえ!」

またそれか!! 君の持論は聞き飽きた!
そう食って掛かろうとしたけれど……



「うぎゃあああっ──!」

「た、助けてくれ……!」

斬られ、負傷した隊士たちの声に、私は反射的に戦線に飛び出した!

「香耶っ──」

それを期に陣が崩れ混戦となった。陣、というほど隊士が残っているわけでもなかったが……。
今、戦意ある隊士をひとりでも失うのは痛い。
それに。



「ぎゃああああ!!」

血に飢えた化け物に、生きたまま食い荒らされる断末魔の叫びを。
なりたくもない化け物にさせられた人々の、無言の慟哭を。

これ以上聞いていたくなかったから。



「綱道ぉおおお!!!」



だから、わたしは。
その命を絶つ、化け物となろう。

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