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月神香耶side
慶応四年三月一日に出陣した新選組改め甲陽鎮撫隊は、翌二日、甲州街道沿いの調布と日野を通過した。
調布は近藤の、日野は土方の故郷であったから、地元では大歓迎で出迎えた。
しかし五日、勝沼に着いたとき、驚くべき情報がもたらされる。
それは目的地の甲府に、すでに前日、新政府軍の東山道先鋒総督府軍が到着し、一足先に甲府城は奪取されてしまったというものだった。
(一部抜粋:いっきにわかる新選組 山村竜也 PHP)
甲府城がすでに敵の手に渡ってしまっているという情報は、新入りの隊士たちを震え上がらせた。当初三百人ほどだった隊士たちの半分以上が脱走し、百人ほどまで減ってしまった。
新八君や左之助君は撤退するべきだと主張したが、近藤さんはここに陣を敷くことを決めた。
「……とりあえず俺は、江戸に駐屯してる増援部隊を呼んでくる。ここで負け戦をするわけにはいかねえ。隊士には、この後援軍が到着するって伝えておいてくれ。……これ以上脱走されちゃ、かなわねえ」
「……御意」
歳三君と一君の話を聞きながら、私は軽くため息をついた。
彼らの作戦や命令に口を挟まない。その代わりこっちはこっちで自由に行動する。今までこのスタンスを貫いてきたけれど、そろそろ限界かもしれないなぁ……と、思う今日この頃。
なぜなら私に引っ付いて離れない一番組組長がいるからだ。
「薫君、君は千鶴ちゃんについてて欲しい」
「千鶴は局長を護るらしい。ならばおまえも一緒だろ」
「まあねぇ……」
「近藤さんは強いけど、香耶さんがそばに付いててくれたらもっと安心だなぁ」
総司君の言葉はやんわりと勧めているようで実は命令だ。私を前線に出したくないって顔に書いてある。
私も近藤さんのそばにいることに異論はない。むしろ私は近藤さんのそばにいなきゃいけない。
……そんな気がする。
「まぁ、千鶴ちゃんはしばしば周りが見えなくなることもあるし、薫君に目を離さないでいて欲しいんだよ」
「ふぅん……」
薫君に拒否の言葉はない。私の言葉に納得したようだ。
この戦の敵軍には土佐藩もいる。彼も前に出ないほうがいいってわかってるんだろう。
「総司君も、怪我しないで」
「……香耶さんもね。これが終わったら、祝言を挙げるから」
「………へ?」
しゅうげん……
一瞬何を言われたのかわからなくて、呆然としてしまった。
「だって去年の春に約束したじゃない。一年経ったら夫婦になろうねって。忘れたとは言わせないよ?」
「……あああ!?」
わっ……忘れてた!!!
たらりと冷や汗を流す私を見て、総司君の目つきがやさぐれた。
「……首を洗って待ってなよ?」
「ヒィ!」
プロポーズが殺人予告と化した。
「……早まったな。香耶」
私もちょっとそう思ったりして……。
薫君の呟きに私は空笑いを返した。
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