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月神香耶side



そんなこんなで、また京にいた頃みたいな自堕落な生活を送ること暫し。



「いやはや、心配かけてすまなかったな」

近藤さんがしばらくぶりに、新選組のみんなのもとへ姿を見せた。

「戦場に出られないことがここまでもどかしいものだとは思わなかった。敵が攻め入ってきたら、怪我を押してでも戦おうと思ったんだが……まあ、過ぎたことを悔やんでも仕方あるまい」

その怪我の元凶がここにいますよー。
私は総司君の背中に隠れつつびくびくしてたけど、近藤さんは私の顔を見るなり、無事でよかったよく帰ってきてくれたと本心から喜んでくれた。



「……さて、我々の今後の行動についてだが、まず甲府へ向かい、そこで新政府軍を迎え撃つことになった。御公儀からはすでに、大砲二門、銃器、そして軍用金を頂戴している! ここはぜひとも手柄を立てねばな! 諸君」

近藤さんは目を輝かせながら作戦についての説明を始めた。今回の任務に当たって、近藤さんは若年寄、歳三君は寄合席格、という身分を頂いたらしい。



「……なあ、近藤さん。その甲府を守れって話を持ってきたのは、どこの誰だ?」



来たか。

私は眉をひそめ声を上げた新八君と左之助君にそっと視線を滑らせる。気合充分の近藤さんとは対照的に、二人の表情は浮かない。
この二人が新選組を離れるかどうか、近藤さんの答えにかかってるんだ。



「勝安房守殿だが……」

「勝って人のうわさは俺も何度か耳にしたことがあるが……はっきり言ってあんまりいい評判を聞かねえぜ。なんでも、大の戦嫌いで有名らしい。そんな人が、なんで俺たちに大砲やら軍資金を気前よく出してくれるんだ?」

「……そもそも徳川の殿様自体が、新政府軍に従う気まんまんらしいしな。勝なんとかさんも、同じ意向なんじゃねえのか」

ふたりの言葉に近藤さんは顔をしかめた。その表情は、少なからずふたりの意見も納得できるというような、複雑なもので。



「確かに戦況は芳しくない。慶喜公も恭順なさっている……」

おおお!? 近藤さん、御公儀大事な考えを改めたのか?



「何をおいても江戸を火の海にしたくないという勝安房守殿のお考えは理解できる……。我々が甲府城を守りきったところで幕府側がどのように動くのかはわからない」

「近藤さん、あんたなにを弱気なことを」

「──だが、」

近藤さんは珍しく歳三君の言葉を遮った。その瞳には強い覚悟が滲んでいて。



「五年前、試衛館の皆と上洛した折、我々が武士として生きる道を与えてくださったのもまた、会津であり、幕府である。そのご恩に報いるために刀を振るおうと俺は決めた。
この五年、俺と同じ志の者。考えをたがえる者。多くの者と共に歩み、時には排除し、新選組はここまでやってきた。
その半途で斃れた同志たち……そして敵として殺した者たちのためにも。命を賭して戦う所存だ。
俺のこの意に否を唱える者はいつでも申し出てくれ。局を離れること、俺が許そう」



しん、と場が静まり返った。歳三君までもが目を丸くして近藤さんを仰ぐ。

近藤さん。
私が彼に出会ったのは、もう十五以上年前になる。人は人に出会うことで、考える生きものだから。だから彼は答えを変えた。私の期待に、ほんの少しでも応えようとしてくれてる。
左之助君と新八君も、驚いた表情から一転、苦笑して頭を掻いた。

「死にたくなけりゃあ逃げればいいってことか」

「死んでいった者のため……そこまで言われちゃ放っとけねえよなぁ」

甲府城ではおそらく近藤さんが指揮を取ることになるだろう。そのときに彼が、行動で示すことが出来れば。



もし新八君と左之助君が脱退しなかったら靖共隊はどうなんの、って話だが、まあなるようになるだろう。
新選組以外は知らん。



「……とりあえず、新政府軍との戦いに備えて隊士を増やそう。甲府城を押さえたら、幕府からも増援が来るはずだ。
それに、勝安房守殿の評判についてだが……いくら戦嫌いとはいえ、避けられねえ局面があるってことくらいはわかってるはずだぜ。なんせ、この戦で幕府が負けちまえば、幕臣は全員、食い扶持をなくしちまうんだからな。そこで俺たちを負かしたりしねえだろ」

「……ま、確かにそれも一理あるけどよ」

勝海舟、信用無し(笑)

でもどうせ新選組が甲府で戦ってる間に西郷隆盛と会見を開き、江戸無血開城しちゃうんでしょう。
私としてはべつにそれはそれでいいんだけどね。わざわざ血みどろの明治維新にしたって意味ないし。穏便に済むならそれに越したことはない。

……だけど、これから新選組が逆賊だなんだと辛酸を嘗め尽くすことになるのは納得いかないなぁ。



「では我々は、甲府の山に先回りし、夜襲の準備をしておいたほうがいいですかね」

「今回は、羅刹隊は出動させねえ。ここで待機してもらう」

歳三君の言葉に敬助君は眉間をしかめる。

「……それはなぜです?」

「幕府からの増援が来たとき、あんたたちの姿を見られるのはまずい。それに甲府城には、他の兵士たちも多く詰めてるからな。存在を公にしちまったら、隠密部隊の意味がねえだろ?」

「ですが……」

「まだ戦は始まったばかりなんだしそんなに功を焦る必要はねえって、山南さん」

平助君と歳三君は目配せした。事前に話し合いの段取りをつけていたようだ。

「よし、それでは解散! 出立までは間があるから、みんな、体調を整えておいてくれ!」

近藤さんの声でみんなは各々の仕事に戻っていった。



「あの……土方さん、良かったんですか?」

「ん? 良かったって、なにがだ?」

皆がいなくなったころ合いを見計らって、千鶴ちゃんがぽつりと声を上げた。

「今回は、厳しい戦いになりそうなんでしょう? 羅刹隊の方々を連れて行ったほうが、良かったんじゃないですか?」

「……ああ、それか」

歳三君は未だ部屋の隅でだらだらしてる私に視線を向ける。私が敬助君を気にしていることを、気にしているんだろうか?

「はぁ……京の市街でもここら辺でも羅刹隊が辻斬りをしているといううわさがあることは知ってる? 千鶴ちゃん」

「は、はい……」

「俺は正直言って、山南さんの仕業じゃねえかとにらんでるんだ」

「……!」

歳三君の言葉に千鶴ちゃんはショックを受けたような顔をした。
羅刹だけど不老不死の敬助君自身には血は必要なくても、羅刹隊の強化や研究には必要だ。もしかしたら、とは思う。

「今んとこ、羅刹隊は貴重な戦力だ。血を得るために、江戸の人間を斬って回るなんて真似を許すわけにゃいかねえ。それに鳥羽伏見のときは敵方が銀の弾丸を使ってやがったせいで、羅刹隊が役立たずになっちまったからな。切り抜ける方法が見つかるまで、山南さんには留守番してもらう」


銀の弾丸は……たぶん私にも弱点だ。こんなこと口走ったら今度こそ外出禁止令が出そうだから言わないけど。

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