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雪村千鶴side
鬱々とした辺りの空気が、彼女の声で一掃した。
「ちーづーるーちゃーん、あーそーぼー」
「あ、え!!? 香耶……さん!?」
やあ、といつもの調子で片手を挙げて、馬と共に現れた旅装束の香耶さん。
勝手場にいた平隊士さんたちも、その見知った銀髪に歓声を上げた。いつの間にか平隊士の間で、香耶さんは英雄扱いだ。
「香耶、馬を貸せ。厩に連れて行く」
「か、薫!」
「ありがとう薫君。あー疲れたぁ! やっとゆっくり出来るよ」
薫に手綱を預けた香耶さんは、伸びをして土間の上がり端に座った。
いつの間に用意したのか平隊士さんからお茶の入った湯飲みを受け取る。私の仕事なのに……!
薫も変わった様子はなく、あいかわらず私を見下したように笑って馬を引いて去っていく。
でも、その笑顔の中に、ほんの少し安堵が混じっていた気がした。
私が沖田さんを呼びに行くと、それまで静かに部屋に閉じこもっていた彼の顔に生気が戻った。
狭い廊下で私を悠々と追い越して、風のように走って勝手場に向かう。私は追いかけるだけで一苦労だ。
沖田さんは土間の戸を壊れるくらいの勢いで開けて、目当ての人物に飛びついた。
「香耶さんっ!!」
「総司くん、ぐえっ」
周りに隊士さんたちがいるのに、上がり端にいた香耶さんを床に引き倒して抱きつぶす。
香耶さんは沖田さんの胸板に顔を押し付けられて苦しそうだ。
「ぐ…るじい……」
「香耶さんっよかった! 無事で……ほんとによかった……」
感動の再会のところ悪いですけど香耶さんが瀕死です。
香耶さんが身をよじって顔を上げると、沖田さんはそれを待ってましたとばかりに接吻する。
唖然としていた隊士さんたちがそっと目を逸らした。
と、その後方から漂う殺気。薫だ。
「おい、何してる。沖田」
「ちっ。邪魔しないでくれる?」
こ、この二人の仲の悪さもあいかわらず……
「おまえが邪魔なんだよ。香耶から離れろ。仕事でもしてろ」
「今日は非番なんですー。君こそ僻みは醜いよ。ここは気を利かせてそっと出て行くくらいのことはしたら?」
「なっ……ひとの迷惑を考えろよ! 香耶にこれ以上危害を加えようっていうならただじゃおかないぞ!!」
「僕がいつ香耶さんに危害を加えたっていうのさ! あんまりわけわからないこと言ってると斬っちゃうよ」
「出来るものならやってみろ」
「へぇ、いい度胸じゃない」
沖田さんと薫は、にらみ合い互いに鯉口を切った!
「ストップストーップ!!!」
瀕死状態から復活した香耶さんが二人の間に割り込んだ。その剣幕に、二人の殺気はしょぼんとしぼむ。
気付けば私たち以外、誰もいなくなっていた。
「もうね、君たちが犬猿の仲なのは理解した。でもお勝手で刀を抜き合うのはどうかと思うよ。もしここで仮に千鶴ちゃんが怪我でもしたら、君たちとは二度とくち利かないからね!」
「「ゴメンナサイ」」
す…すごい…この二人に謝らせるなんて! かっこいい!
「香耶さんみたいになりたい……!」
「待て千鶴、やめろ。あいつみたいなのはひとりで充分だ」
薫ったら、ずいぶんな言い草だよね。
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