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雪村千鶴side
前を黙々と歩く風間さんに、唐突にこんなことを聞かれた。
「千鶴、おまえは何が望みだ」
「えっ?」
の、のぞみ!?
私の望みは……こんな戦なんてない世の中で、香耶さんや、新選組のみんなと、平和に…仲良く暮らせたらいいと。そう思う。
そう言ったら、黙って聞いていた風間さんは、次いで鼻で笑った。
「今からどこへ行きたい、と訊いているのだ」
「えぇっ!!?」
かあっと頬に熱が上がる。
そ、そっか。私の将来の話なんか興味ないよねっ。わたしったら勘違いして。
「し、新選組のところへ…」
蚊の鳴くような声でそう答えると、そうか、と答えてまっすぐ歩みを進める。私はその後をついていくだけ。
どこへ向かっているんだろう。森の中を突き進んでいて、私には右も左もわからない。
ただ、風間さんは私のために道を拓いてくれたり、手を引いてくれたりしてとても優しかった。まるで今まで知る風間さんとは別人みたい。
でも、風間さんは時々ふと物思いにふけるような表情を見せる。もしかしたら、想い人の…香耶さんのことを考えているのかもしれない。
そうして歩いて、景色が開けたところで、私たちを待っている人がいた。
「千鶴ちゃん!」
「あ……お千ちゃん!?」
その人はお千ちゃんと君菊さんだった。
風間さんは彼女たちの姿にいぶかしげに眉をひそめた。
「……何者だ」
「何者とは、私の知名度もまだまだみたいね」
お千ちゃん、もしかして鬼の間では有名人なのかな…
「こちらにおわすお方は、東にも西にも属さぬ旧き京の鬼の血族。かの鈴鹿御前の直系にあたられる姫君です」
「……! ほう、うわさに聞く八瀬の姫と、よもや、こんなところで会えるとはな」
君菊さんの言葉に、風間さんは珍しいものを見たというふうに目を見開いた。
鈴鹿御前……?
よくわからないけど、お千ちゃんや風間さんがすごく格上の家柄なんだってことは理解できた。お千ちゃんは、風間さんよりも上の血筋なのだろうか。
「ふたりは、これからどこへ行くつもり?」
「え、えっと……」
どこへ行くつもりなんだろう。風間さんの後ろをついて来ただけだからわからない…
答えあぐねる私に、風間さんが助け舟を出してくれた。
「大阪城に連れて行く」
そう言って顎を使って私を指した。
その風間さんの答えに、お千ちゃんは目を丸くした。
「千鶴ちゃんを新選組に帰すつもり!?」
お千ちゃんは私が新選組にいることは反対なのかな……それはなんだか少し、悲しい気がする。
「千鶴ちゃん、もう新選組にいるのは危険だわ。新選組が使役する羅刹も、完全な失敗作。彼らの血に狂ってしまう症状はまったく改善されず、都では見廻りと称して辻斬りに及んでいたのよ」
「そんな……」
羅刹が血を得るために辻斬りをしていたなんて……
「それに新選組、ひいては幕府軍までもが朝廷の敵と成り下がった今、新選組に身を置くということは戦場に身を置くことも同然です」
「そうよ。だから千鶴ちゃん、私たちと一緒に来ない?」
君菊さんやお千ちゃんの言うことは正論だ。
でも………でも!
「それでも……そんな新選組でも……」
私には何よりも大切なものだから。
私は顔を上げて、まっすぐお千ちゃんと目を合わせた。
「私、新選組にいたい。私じゃ足手まといにしかならないかもしれない。
でも、香耶さんが守りたいと言った新選組を……私も守りたい!!」
守りたい人が、私にもいるから。
私に出来ることが、きっとあるから。
じわりと胸の奥にこみ上げるものがある。泣きたくなるくらい熱くて、叫びたくなるくらい奮い立つもの。
そんな私を見て、お千ちゃんは残念そうに苦笑した。
「はぁ……また振られちゃったか」
「……ごめんなさい。せっかく誘ってくれたのに」
「ううん、いいのよ。あなたが新選組にいたいって言うなら、無理強いはできないもの」
「ここを抜ければ街道に出ます。敵軍もここまでは追ってきていないので、さして障害なく大阪城に辿り着けるでしょう」
「そっか……ふたりともありがとう」
私は表情を緩めた。
「ならば俺もここまでだ」
「風間さん……?」
「薩摩軍に戻る」
風間さんはそう言って私たちに背を向けた。薩摩軍……風間さんは、新選組の敵に戻る……そういうことなのかな。
一抹の寂しさを覚える。
「あ、あの……風間さん、ここまで本当にありがとうございました」
私は思い切り深々と頭を下げる。風間さんには感謝している。彼がいなかったら私はここまで来られなかったから。
風間さんは薄く笑って、そして森に溶けるように消えた。
「あの風間が……明日は槍でも降りそうね」
「お千ちゃんたら……」
そうして辿り着いた大阪城には、散り散りになった新選組のみんながすでに着いていた。
でも、再会を喜ぶのも束の間。戦況を不利と見た各藩の裏切りが続出したのと、そして何より将軍が江戸に撤退したことを受け、新選組も江戸に撤退することが告げられる。
江戸に引き上げることになった私たち。
だけどその中に、香耶さんの姿はなかった……。
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