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沖田総司side



僕の心の中では、日に日に焦燥がつのっている。それもこれも香耶さんが僕のそばにいないせいだ。


『おっきたさーん♪』


どこかで聞いた男の声に、装備を整えていた僕は一瞬脱力した。

「……香耶さんはどうしたの?」

『やだなぁ、なに言ってるんです? 再会は一ヵ月後だって言ったじゃないですか』

ゼロ君は、やれやれと呆れたように肩をすくめた。
最近の僕は、口を開けば二言目には“香耶さん”だ。自覚してるし自分に呆れてもいるけど、やっぱり香耶さんのことが心配で。



「……で、なんで戻ってきたのさ」

『それがですねぇ、香耶さんに追い返されまして。僕はしばらく沖田さんに同行します』

「………?」

話の意図がつかめなくて、僕は眉をひそめた。
香耶さん第一主義のゼロ君が、ろくに戦えもしないくせに彼女から離れてまでなぜ戦の渦中に飛び込もうとするのか。

『その香耶さんの命令ですよ。沖田さんが浮気をしないように見張っててくれって』

「なにそれ」

僕が香耶さん以外の女に目移りするとでも思ったのだろうか。



『貴方はときどき見失うことがありますからね』

それとも……意味が違う、……のか?



ぴたりとゼロ君は僕の額を指差した。
それだけでどうしてか僕の身体が動かなくなる。なにか、ゼロ君の言う『魔法』でも作用しているのだろうか。……いや、現状彼が力をすり減らしてまで僕のために何かするとは思えないけど。



『もっと視野を広く持ってください。冷静な目で自分を見つめて。目を逸らさないで』

「───、」



それは、きっと香耶さんの言葉。大事な言葉なんだ。よく……わからなくても、僕はわからなくちゃいけない言葉。



「自分自身から、浮気をするなということ?」



自分で言葉にしても、やっぱりよくわからなくて。けれどゼロ君は、僕を動けなくしていた指を下ろして、ほんの少し表情を緩めた。

『考えてください』

それ以上、言葉は無かった。



間もなく伏見奉行所は薩摩に制圧された。怪我をして下阪した近藤さんの変わりに新選組の全権を委ねられていた土方さんは、苦渋の表情で撤退の決断を下す。

「……なるほど。もう、刀や槍の時代じゃねえってことだな」

人を射るような眼光で言い放つ土方さんに、いつもはこんなとき軽口でも挟んでる僕でも、何も言うことは出来なかった。



その二日後。
去年十二月半ばに、ゼロ君から一ヶ月は会えないと言われた香耶さんの姿を、僕は戦場で見ることになる。
本当に、その姿を一瞬垣間見るだけだったけれど。



慶応四年一月五日、淀・千両松。この日僕達は戦いっぱなしの一日だった。
朝には敵軍に錦旗が揚げられたことを知る。徳川幕府は賊軍になってしまった。
去年の春に香耶さんに求婚した僕は、彼女から「一年待って」という返事を貰った。もう、あと二、三ヶ月で、その一年が経つ。

なるほど、香耶さんがあんなことを言ったわけがわかった。
一年前は、僕達新選組がこんなことになっているなんて、想像もつかなかったけれど。

「新選組が! 覚悟しろ!!」

僕は長州兵を斬り払いながら、頭ではまったく関係ないことを考えていた。

「婚姻はするよ! 例え戦場でもね!」

『こんな戦場の真ん中で愛を叫ばないでくださいよ』

すると言ったらする。姿は見えないのになぜか声だけは聞こえるゼロ君なんか無視だ。僕的にこんな戦よりよっぽど重要事なんだ。こんなこと近藤さんには言えないけど。

返り血をしこたま浴びて、鼻が利かなくなってきた。火薬のにおいなのか臓腑のにおいなのか判別も出来なくなった頃だ。

それが起こったのは。



ドォン…

「……なに?」



敵の後陣が崩れ始める。

「総司! そろそろ後退するぜ」

「わかってる」

呼びに来た平助君に、上の空でうなずいた。
淀城の協力は得られない。負け戦だ。
けれど……。

「お、おい総司?」

「……先に行って」

「何言って……」

『沖田さん!』

「うおっ!? ゼロ!」

いきなり姿を現したゼロ君に驚く平助君。そんなやり取りも向かい来る敵も放って置いて、僕は景色の一点に集中する。



『あれは……香耶さんですよ』

目を見開いた。



立ち込める砲煙の向こうに、きらりと閃く銀糸の影。



「なんで……っ」



たったひとりの奇襲に、敵の陣形が乱れる。
鬼だ化け物だと混乱が巻き起こる。

「なんでっ!」

『藤堂さん今が退却の好機です!』

「お、おう! 行くぜ総司!!」

平助君が僕の服を引っ張る。そのまま引きずられるみたいに後退して。



「香耶――っ」

「死にたいのかよ!!」



向かい来る敵を八つ当たりみたいに斬り捨てて。
駄目だ。香耶さんが見えなくなった。



「ハァッ、ハァッ…ッ放せ!」

「総司っ!」



──総司君、言ったはずだよ。

またゼロ君の仕業だろうか。



──冷静に、自分を見つめて。

声が、聞こえた気がした。

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