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南雲薫side



くっ……なんでこいつがこんなところにいるんだ!?

「風間……さん?」



驚いたのは俺たちだけじゃなかった。

「なんだ貴様はっ!」

「こ、これは俺たちの獲物だ! 勝手に後から来て手を出すな!」

風間におびえる兵士どもは滑稽だ。

「うるさい」

短く声を吐き出しながら、風間は軽く腕を振るう。ただ、それだけの動きに見えた。
だが、それだけの動きで敵兵すべてがその場に倒れ落ちたのだ。



まじかよ。
手練と知ってはいたがこれほどとは……。



「ふん……下種が」

俺たちは風間を見返す。風間は面倒そうに嘆息した。

「もう一度聞く。ここでなにをしている」

千鶴は動揺し、すこしだけ答えるべきか悩んだ。

「……淀城に、行こうと思ったんです」

淀城は、俺と香耶が向かっている千両松の、すぐ向こうだ。

「なるほど。伏見奉行所を捨てて淀城に逃げるつもりか」

新選組の敵である風間。千鶴を守ったのが新選組ではなくこいつだと言うのは皮肉なことだ。
幕府軍は敗走し、淀城で篭城する心積もりらしい。香耶の言ったとおりだ。



「助けてくれて……その……」

千鶴はいいよどみ、そして頭を下げた。

「……ありがとう、ございました」

千鶴が俺の服を引っ張る。俺も礼を言えという意味だろうか。

「ふん」

俺はそれを無視して、鼻を鳴らし血振りして納刀した。

「おまえもその刀を収めろ。今ここでおまえをさらう気はない」

少なくとも今の風間には敵意は感じられない。
千鶴もそれを理解して、風間に言われてあわてて小通連を鞘に戻した。

「これからどうするつもりだ?」

俺は香耶のことを風間に言いたくなかったので、こいつに聞けと顎で千鶴を指した。

「……淀城に向かいます。早くみんなに合流しなくちゃいけないから」

「俺は別件」



俺は、思い通り敵の陣地から出られなかったこともあり、約束の日時までに船場に行くのは諦めていた。
だから宇治川沿いに南下し、第二の待ち合わせ場所、淀の千両松を目指すしかなかったのだ。

しかし風間の口から衝撃的なことを耳にする。
淀城は幕府を裏切り敵につき、薩長軍が錦の御旗をかかげている、らしい。



錦の御旗。
それは天皇の旗。官軍の証だ。徳川軍は、賊軍になった。

ならば新選組も……新選組を救いたい香耶も。



三人で話しながらも足早に移動していたが、俺はひとり、話しこむ二人の後ろで立ち止まった。

「……薫?」

千鶴も風間も怪訝な顔で俺を見るが。俺はそれどころじゃなくて。

「──俺は、先に行く」

二人を置いてその場から走り出した。

「薫!?」

「香耶が待ってるんだ!!」

「香耶…だと?」

その後も二人は何か言っていたようだが、俺は無視してひたすら走り続けた。



香耶はもう、戦場にいるんだから。



慶応四年一月四日。
淀堤の千両松に布陣していた新選組にも、新政府軍の陣営に錦の御旗が掲げられたという知らせは届いた。

翌五日。
苦境に立たされた新選組は、千両松の土手で長州藩を先鋒とする新政府軍を迎え撃つ。

その新政府軍の後方から、敵を蹴散らす香耶の姿があった。



戦あるところに白髪碧眼の女鬼あり。



そんな噂は七日、敗走しながら大阪にたどり着いた新選組の耳にも入ってきていたのだった。

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