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南雲薫side



俺は薩摩軍本陣を脱出し通りに出て南へと向かった。

早く香耶に会いたいな。

俺は面倒なことに巻き込まれるのはごめんだから、なるべくひとに出くわさないよう慎重だった。
南雲家のある土佐藩は敵側だし、西国の上層部なら俺の顔を知っている人間がいるかもしれないからだ。

しかしそんな俺の願いはむなしく崩れる。



「止まれ!」

「っ!?」

その会話はやけに耳に響いた。聞き覚えのある声に、俺はとっさに物陰に隠れる。

「驚かせてしまってごめんなさい。お尋ねしたいことがあるんですけど……、このあたりで、新選組を見ませんでしたか?」

「新選組だと……?」

「はい。私、部隊からはぐれてしまって……」

千鶴と、幕府軍の人間だ。薩長の兵士は筒袖を着ているが、その男は足軽の姿。だから千鶴はそいつを味方だと判断したんだろう。

だが。



「おおい! 敵だ! 新選組がいたぞ!」

「──え!?」

男は後方に大声を上げる。
その男は、幕府軍から薩長軍へと寝返った、裏切り者だったのだ。
千鶴は訳のわからないって表情で逃げ出した。



「千鶴!」

「かっ、薫!?」

俺は無意識に、街道へ飛び出してしまった。
そのことに一瞬だけ後悔して、舌打ちする。俺は千鶴の手を掴んで一緒に走り出した。

「捕まえろ、そいつは新選組だ!」

ちっ。薄汚い人間から、鬼の俺が惨めに逃げ惑うしかないなんて。それもこれも役立たずを引っ張ってるせいだ。
だけどその繋いだ手を離すことは、俺には出来なかった。



しばらく走っていたが、眼前の茂みを割って足軽風の兵士が出てきた。そいつらも裏切り者だったようで、俺たちは挟み込まれて追い込まれた。

「あなた方……」

背に庇った千鶴が刀を抜いた。危機に刀を抜いておけとは香耶の言葉だ。

「幕府を見捨てて、寝返ったんですか!?」

少し後ろめたさもあるのか、千鶴の言葉に兵士は声を荒げた。

「寝返るもなにも幕府はもうない! 敵味方は自分たちで決める」

「例え幕府という形がなくなったとしても、幕府に庇護された過去はなくなりません!あなたは武士という立場を、幕府に守られてきたんでしょう? 恩義がある幕府をあっさり見限るなんて、武士として恥ずかしいとは思わないんですか?」

千鶴はまことの武士を身近に見てきた。だから許せないんだろう。俺だって恩義あるものを見捨てるやからは忌まわしい。
しかしこいつらにとっては、男としてどうあるべきかなんて興味がなかったらしい。
千鶴の話を無視し顔を見合わせた。

「妙に甲高い声だと思ったら……こいつら女か?」

「男の姿をしているが……なるほど、言われてみれば女だ」

ちょっと待て……今、こいつって言ったか?
俺も千鶴も男のなりだ。千鶴はともかく俺まで女ってどういうことだよ。ちくしょう。



「お、男か女かなんて、どうでもいいでしょう?」

おまえなんか大嫌いだ。



「おおい! 女だ! 女がいるぞ!」

上げられた声を聞きつけた敵の兵士が、何事かと俺たちのところに集まってくる。
周囲を囲む兵の数は増える一方だ。もう十人は軽く超えている。

「こいつら新選組らしい。捕まえて薩長に引き渡せば褒美が出るかもしれん」

「いや、その前に……本当の女かどうか確かめたいな」

「な……んだと?」

兵士どもは俺たちふたりを好色な嗤いを浮かべて取り囲んだ。



こいつら、最低だ。これだから人間なんか……。

背後の千鶴を守りながら、こいつら全員殺せるだろうか。俺に香耶ほどの優れた知略や、沖田ほどの剣技があれば……。

血脂がついたままの大通連を握りこむ。
そのとき。



「……おい、ここで何をしている?」



暗然とした行く先に白刃の光が閃いた。

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