141

月神香耶side



近藤一行の後方、離れたところから疾走して追いかける。
千鶴ちゃんや薫君と走るときとは違う、息も止めて、足音も感情も殺して。

真っ先に、二番組伍長で監察方の手練でもあった、島田君を狙った。
近藤さんを除けば彼が一番厄介だ。

その島田君の後ろ頭に“狂桜”の柄を打ち込んで、身を翻して他の奴を狙う。



こういうのは得意だ。新選組に“いた”頃も、鍛錬と称して一君相手にやらかした。
速さ、読み。持てる力の全てを駆使して相手を翻弄する。一君に、いなし・かわしの天才だと言わしめた。



その技で、馬丁を含めた近藤さんの付き人4人を、峰打ちで昏倒させる。きっと誰一人私の顔を見ていない。
最初に気絶させた島田君が、地面に崩れ落ちる、その一瞬の間の出来事だ。

近藤さんが馬首を返し、下手人の私と対峙した。
近藤さんは驚愕に目を見開いた。

「香耶……くん、かね?」

「ごめん、近藤さん……」

少し離れた茂みから、人の争う声が聞こえる。銃声も聞こえた。
私は近藤さんの前に、自分を盾にするように立っていて。

私は自分がどんな表情をしていたのか、わかるはずもなかった。自分では、一切の感情をそぎ落とした表情をしていると思っていたけど。
近藤さんはそれを見て眉を下げた。



森の中から街道へ、返り血に濡れた薫君が姿を現す。
御陵衛士の持っていた血濡れのライフルを、地面にガシャリと投げ出した。

「俺を襲撃から助けてくれたんだな。香耶君、南雲君。すまない、ありがとう」

「ふん」

薫君はいつものように不機嫌そうに鼻を鳴らす。けれど、これから私がすることを知っている彼は、私に心配そうな意識を向けていた。
近藤さんだっておかしいと思ってるはずだ。
なぜなら近藤さんの護衛は全員地に伏せっているのだから。

近藤さんは馬から下りて、私に視線を合わせた。
けれど、未だ抜き身を携える私と違い、彼は腰の刀に触れようとしない。

「帰らないのかね」

「……近藤さん、」

言葉に詰まる。
近藤さんは、私にとって、新選組の始まりとも言える人。父のような人だ。



「近藤さん、貴方の大切なものは、何?」

「………?」

私の問いに意図を見出せず首をかしげる近藤さん。

「もう五年も前になるか。試衛館の皆で上洛すると決めたとき、貴方は何を思っていた?」

「あの頃はすこしでもお上の役に立ちたいと思っていた。我々が武士としてここまで名を上げることができたのも、お上のおかげだ。それは今も変わらないよ」



それでは駄目。
駄目、なんだよ。



私の目配せで、薫君が静かに近藤さんの背後に回る。

「これから先、武士の誇りだけで戦に勝つことは出来ない」

言いながら、私は薫君が投げ捨てたライフルに目線をやる。

「もう、指の先を動かすだけで人間を殺せる時代だ」

私の目に剣呑とした雰囲気が宿る。近藤さんとの間合いをじりじりと詰めて。

「近藤さん。貴方には覚えておいて欲しい。たくさんの命をその背に背負う貴方だから」

近藤さんは、私の言葉に目を見開いた。



「徳川幕府は転覆する。……だから、敵につけとは言わないけれど」

それはたしかにはっきりと、



「どうか大切なっ、大切な仲間に、命を捨てさせないで!」

私の魂の叫びだったのだ。

| pagelist |

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -